0話 『受け継がれる意志』
世界は何度、同じ過ちを繰り返したらいいのだろうか。
人間は何度、この恐怖に怯え苦しまなければならないのだろうか。
世界は二度、終焉の日の脅威に曝された。
それから三〇〇年の歳月が流れ、世界は三度、終焉の日によって滅びの危機に瀕していた。
人々は恐怖に支配され、出口の見えない混沌とした絶望の淵をさまよい続ける。
滅びゆく世界と運命を共にしなくてはならない現実に、希望を失ったものは狂気に駆られ、漆黒の闇に囚われるように暴力、略奪、殺戮を繰り返した。
そんな秩序が保てなくなった世界だとしても、希望の光は必ず現れる。
知力や武力、全てにおいて他を圧倒するほどの天賦の才。
己の持てる力を駆使し、凡人では到底太刀打ちできないような強敵さえも、圧倒的な力でねじ伏せる。
人々は勇気ある彼らを『英雄』と呼び称え、後世に語り継いだ。
◇◇◇
「おい、おい、おい! 正気か!?」
満月の綺麗な月夜の晩。異様な雰囲気が漂う中、王都サンクトゥスの中央に位置するドラグナム城の塔の上で、マルスが声を荒げていた。
互いに背を向け、四方を見張っていた他の二人もその提案は正気の沙汰ではないと思っていた。
「正気よ。私たちに奴らを止める手立てはもう、これしか残されていないわ」
ディアンナは淡々と答えた。
「いくらディアンナさんでも本当に可能なのでしょうか。存在するかも分からない異世界の住人に助けを求めるなんて……。正直言って、あまり勝算の高い作戦だと思えないですが……」
ミネルヴは不確定要素の多い異世界への救援要請には賛同しかねていた。
「異世界は必ず存在するわ。現に私たちは、この世界に存在するはずのなかった神から恩恵を受けて力を得ることが出来たのだから」
神の存在が認知されていなかった世界で、彼らは人ならざる存在『神』から人知を超越した力を与えられていた。それはこの世界とは異なる世界が存在しているという揺るぎのない事実。
つまり、異世界への救援要請は、不可能という訳ではないということ。
しかし、ミネルヴの考える不安要素は異世界そのものが存在しているのかどうかではなく、『神』のように無関係の世界に興味を示し、力を貸してくれるほど変わり者がいるのかどうかだった。
「仮に僕が異世界の住人だとして、見ず知らずの人のために命を懸けられるかと言われたら、間違いなくノーと答えますね。今の僕らは住む世界が滅びるかもしれないという共通の目的があるから、共に協力し合うことになりました。それなのに、別世界に住む住人たちが危険を覚悟の上で助けてくれるでしょうか。それよりは別の作戦を考えた方が無難だと思うのですが……」
「これまでの戦いで、あなたの作戦や理論に間違いはなかったわ。だけど、奇跡を起こすなら確実性よりも可能性に賭けるべきだと思うの」
「そうかもしれないですが……」
「終焉の日に対抗する策は、全てやり尽くした。あなたの完璧と思える作戦をもってしても私たちは追い詰められているでしょう?」
「そ、それは過去の情報以上に終焉の日が……」
「まあ、まあ。今は言い合いをしている場合じゃないだろう? ミネルヴの作戦通りに最善を尽くしたけどダメだった。それなら、ディアンナの言う可能性ってやつに賭けても良いと思うぜ! それに俺は……。いや、今はそんな話をしている場合じゃないか。とにかく、ディアンナの作戦に一票ってことで!」
楽観的なエルシドは、二人をなだめると軽く賛成の意を表した。
「エルシドさん……」
ミネルヴは不安そうな顔でエルシドを見た。
「さあ、エルシドは賛成みたいだけど、あなたたちはどうするの?」
「ったく、俺はどうなっても知らねえからな」
「分かりました。皆さんがそう言うのであれば、僕もその作戦に賛成しましょう」
「にひひ! 決まりだな!」
終焉の日の魔の手から世界を救う最後の作戦が決定すると、ディアンナは早々に異世界の住人に助けを求めに行き、残された男三人は終焉の日の動向を注意深く監視しながら、王都を死守することになった。
しばらく均衡を保っていたが、時が経つにつれて空は分厚い黒煙に覆われていき、力が増していく終焉の日に少しずつ圧され始める。
更に追い打ちをかける様に、度重なる戦闘で疲弊しきっていた三人の体力は限界を迎えようとしていた。
「おい。おい。おい! ディアンナはまだなのか?! これ以上は厳しいぞ!」
と、その時、黒雲を切り裂くようにして放たれた金色の光が三人の体を照らす。
「この光は……」
三人が天を仰ぐと神々しい光と共にディアンナが舞い降りた。
「待たせたわね」
「ったく、遅ぇな。ちゃんと協力は得られたのか?」
「天界の神族からは少しだけ協力を得られたわ。だけど、もう一つの世界の住人からは拒絶されたわ」
「やはり無理でしたか」
「ええ。残念だけど」
「あちゃー。ダメだったかぁ。結構いけそうだと思ってたんだけどな」
「でも大丈夫よ。私たちと神族の力で終焉の日を一時的に封印はできるわ」
「一時的にって、またいつ封印が解かれるか分からないですよ!? それじゃあ、今までと何も変わらない。また同じことを繰り返すだけだ!」
「今回は違うわ。未来の子供たちに全てを託すの」
そう言うと、どこかで手に入れたであろう漆黒の杖を天高く掲げると、ディアンナは何やら小さな声でぶつぶつと唱え始めた。次第に大きな地鳴りが響き大地、いや、世界全体が揺れ動き始めた。
「ディアンナ! お前ぇ、何をするつもりだ!?」
その問い掛けに答えは返って来ず、ディアンナは、
「天地創造!」
と、叫んだ。
揺れは更に大きくなり、金色の光が全てを包み込んでいく。
「どういうことか説明しろ!」
想像の範疇を超えた状況に理解が追いつかず、少し苛立ちながらマルスは訊いた。
「終焉の日を完全に消滅させるためには、もう一つの世界の住人の力が必要なのよ」
「断られたって言わなかったか?」
「そう。だから、絶対に協力してもらえるように天界ともう一つの世界、そして私たちの住む世界を一つにすることにしたわ」
「うっひょぉ! そいつはすげぇな!」
「おい、おい。本気かよ……」
「ええ、もう一つの世界の住人達には悪いけど、この世界と運命を共にしてもらうわ」
「いくらディアンナさんでも、そんなことが出来る訳……」
「すぐには無理。でも、次の終焉の日が復活する頃には三つの世界は一つの世界として生まれ変わる。今、私たちに出来ることは奴らを封印して次の世代に全てを託すことだけ。完全に終焉の日をこの世から消し去るために」
人々は切望した。終焉の日の恐怖から解放されることを。
英雄は奮闘した。人々の願いを叶え、世界に永久に続く平和を掴み取るために。
人々は絶望した。終焉の日の脅威が完全に消え去らないことに。
英雄は葛藤した。未来に託し続け、世界の滅亡を先送りにするだけでいいのかと。
そして決断した。決着を先延ばしにするのではなく、終焉の日を消滅させ、永久に続く平和を掴み取る方法を未来へ託すと。
黒雲が打ち払われ、金色の光が世界を覆い尽くすと、終焉の日は封印され跡形もなく消え去った。四人の偉大な英雄と共に――。
その後、彼らは歴代最強の英雄たちとして後世に語り継がれ、平和への意志は新たに現れた希望の光たちへと受け継がれていく。
そして、我こそはと名乗りを上げた次なる英雄を志す者たちが現れ始める。
その者たちは、いずれ世界を救い希望の光として輝く原石たち。
人々は期待を込めてこう呼んだ。
『英雄志願者』と――。