06話 初めての注目
頼める限りの料理を注文し、運ばれてきたものを次から次へと口へ運んだ。
ーーうまい!!
こんなにおいしいもの初めて食べた。空腹も手伝って、軽く四人分はある量をあっという間に食べ終わってしまった。
それなのに、さっきよりも少しはマシになったくらいで、一向に空腹が満たされた気がしない。
ーーおかしいな。
「兄ちゃん、よく食べるなあ。嬉しいことでもあったのかい?」
運ばれてきた料理を一通り食べたところで、さっきの店員さんが驚いた表情で話しかけてきた。
そこで俺は、ようやく周りの様子に気が付いた。この場にいる全員が、唖然とした顔で俺のほうを見ている。
ーー何かしたっけ?
いやまあ生きてる時は確かにこんな量食べたこと無かったし、何処ぞのフードファイターかと思われたのかもしれない。食べ終わってみて冷静にその量を見ると普通に育ち盛りの運動部の摂取量だ。
いや、俺だって年齢的には育ち盛りだけど。
「い、いえ、すごくお腹がすいていたので」
取り敢えず嘘偽りない返答を述べたのだが、俺の言葉を聞くなり、店員さんは分かりやすく怪訝な顔をして見せた。
「腹が、減る?」
ーーえ?
なんだ?俺は何かおかしなことでも言ったのだろうか。
俺の言葉を聞いて、店全体が異様な雰囲気に包まれたのが分かったし、店中の意識がこちらに向いているのを感じた。
そしてそれは、生きている間家族以外に注目されたことのなかった俺を怯えさせるには、十分な視線の量だった。
いきなりのことに激しく混乱する。
ーーな、なんだよぉっ!なんでこっち向くんだよぉ!天国での常識が分かんねえよぉっ!!
あ、ちょっと涙が出てきた。
「ぷっ、アッハッハッハ!!」
俺が大勢の視線に完全に萎縮していると、店員さんがいきなり大きな声で笑い始めた。
「そうか兄ちゃん。ここに来たのは初めてだもんなぁ。天国ではな、何も食べなくても全く寝なくても、空腹も疲れも感じないんだよ」
「へ?」
突然の言葉に思考が停止する。
店員さんが俺の頭をガシガシと撫でた。
「冗談で笑わせようとしたんだな!!その気持ち受け取った!!おい!この兄ちゃんにサービスしてやれ!!」
ーーこの空腹は、俺の勘違い?
他のお客も、ニコニコしながらこちらを見ている。
何が何だか分からなかった。
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思考は停止したままだったが、サービスでもらったあんみつやわらび餅もきちんと平らげ、お礼とともに店を出る。
やはりというか、空腹感はまだ残っていた。
ーー俺がおかしいのか?
テレビで見たことのある、思い込みで冷たいものを熱く感じることがあるというあの脳だましの原理と一緒で、この空腹も思い込みから来ているものなのだろうか。
でも、そうとしか説明がつかない。
「そもそも俺魂なんだよな?脳とかあるのか?そうじゃなかったら潜在意識的な何かとか?」
分からないことだらけだな。
心にもやは残ったが、正直この天国かなり暮らしやすい。
人はやさしいし環境もいい。空腹さえ我慢すれば、あとは快適に過ごすことができる。その空腹でさえ、我慢ができる程度のものだし。
一生ここに居られるなら、そんなにありがたいことはない。そりゃ、出来れば現世の方が良いけど。
ーー俺、死んじまったからな。
いや、後ろ向きになるな。これからのことを考えるんだ。取り敢えずせめてここで生活していくに当たっての一般常識的なものを知っておきたい。
さっきのなんて正直トラウマものだ。
「ーーお兄さんかっこいいねえ。新聞買っていかない?」
これからの天国での生活のことを考えていると、後ろから声をかけられた。声の主は15歳くらいだろうか。眼鏡をかけたツインテールの女の子で、大きな瞳がとても印象的だ。
お世辞だと分かっていてもかっこいいと言われなれていない俺にとってこの売り文句は効果絶大だった。
「し、新聞?」
「そう、新聞。名前は〈極楽新聞〉。私が書いたんだ。時事ネタは全部乗ってるよ!」
ーー新聞かあ。
丁度情報も欲しかったし、良いかもしれない。
「そ、それじゃあ、一つ」
「毎度あり!!」