04話 振り返る
「・・・冗談だよな?」
「流石に冗談をつくタイミングはわきまえてる」
ーーは?
「な、なんだよ、それ・・・!」
いやいやいやいやいや。マジかよ何だこの嘘みたいな展開。俺の人生ここで終わりってことか?
「ま、待ってくれよ。俺、まだ人生やり残したこと沢山あるのに。進路だってようやく決まってきたところだし、母さんや父さんにも親孝行してない。海外旅行とかも行ったことないんだぞ?」
「・・・すまん。俺の力じゃどうにも。その、すまん」
「すまんって、何だよ・・・っ」
衝撃的過ぎて脳の情報処理が追い付かない。
ーーまだ、自分の満足行く人生すら送ってないのに。
「何だよ、それ」
ーーなんで、俺?
まだ、17なのに。
俺より長く生きてる人なんてこの世に大勢いるのに、なんで?
隣で苦しそうに息を吐いているジョニーを見つめる。そんなジョニーと目が合うと、同時にこれまでの楽しかったことや辛かったことが思い出され涙が溢れてきた。
「・・・く・・・うっ!」
何だよこれ。なんの前触れも無く命を落とす方がまだ精神的ダメージは少なかったかも知れない。自分が、大好きな愛犬が死ぬと分かってそれをただ待つことしか出来ないなんてあんまりにも程がある。
「ーーなんで・・・」
「・・・」
死神という非現実的な存在が目の前にいるからだろうか。多分、状況を理解するに至るまでは早い方だと思う。でも、納得出来るかどうかは別の話だ。
目の前では死神が申し訳なさそうに俺から目を背けている。
その姿が自分の死をより現実的に感じさせ、溢れる涙に拍車をかけた。
「じ、ジョニー・・・ーーっ」
後悔、後悔、後悔。
もっと友達作れば良かった。作ろうと奮闘してはいたけど、こんな事になるならもっと臆病にならず思いっきりクラスメイト達に感情を見せてみれば良かった。
集団を避けて部活入らなかったけど、せめて文化部にでも入っていたら今感じているこの情けない思いもまた違っていたかもしれない。
「ちく、しょう・・・っ」
ただただ泣いた。
時間がどのくらい経ったかどうかは正直分からなかったけど、先程多忙アピールをしてきた死神は泣いている俺を諭すことも無く、俺が泣き止むまでの間ずっと隣で難しい顔をして佇んでいた。
*****
「俺、健康体だし自分が死ぬイメージが全然わかないんだけど、どうやって死ぬんだ?」
泣きやんでようやく言葉を発せるようになったところで、俺は死神の方を向いた。
死神は名簿を取り出し、赤い付箋の貼ってあるページを開くと、神妙な面持ちで名簿の内容を読んだ。
「ーー15分後、大型トラックがこの家に衝突する事故が起き、お前はそれに巻き込まれる。そこの犬は純粋に寿命だ。トラックが突っ込んでくる前に老衰で死ぬ予定だったが、拘魔印の効果で事故が先になった」
名簿を読み上げながら俺に告げた。プロフィールか何かでも書いているのだろうか。
ーートラック。
何だそれ。家にトラックが突っ込んで来て死亡って、無理矢理かよ。
「・・・そうか」
もう、涙は出なかった。
絶望的な感情であることには変わりなのだが、先程思い切り泣いたからだろうか。想像していたよりもずっと冷静に自分の死因を聞いている自分がいた。
「・・・避けたら他の誰かの命で埋め合わせすることになるんだろ?」
「ああ」
嫌すぎるシステムだな。
ーー死ぬ。
そうか、俺、死ぬんだ。
「俺以外の家族は、無事で済むのか?」
「全員無傷。精神的な打撃は残るが家も一部分しか崩壊せずに済むから家庭への損傷は少なく済む」
「そう、か・・・」
家族が無事だという話を聞いて、一気に全身の力が抜けた。
隣にいるジョニーを撫でる。さっきよりも呼吸が落ち着いてきているのは、死神が寿命を延ばしたからなのだろう。
「俺のほうが先に行くことになった。看取ってやれなくてごめんな」
悲しい。悲しい。悲しい。
ーーでも。
どうせ最後なら笑っていよう。
半ば引きずる形でジョニーをリビングの奥のほうに連れて行き、トラックの衝突に巻き込めれないよう心ばかりの堤防を築く。
「家族に一言言っておかなくていいのか?」
「うん。大丈夫」
流石にこんな夜中にいきなり起こして遺言を言って10分後に死ぬのは俺からしても家族からしてもそれこそ死ぬほど辛い。
ーーまあ、辛くない“死”何てものはそもそも存在し無いんだろうけど。
それでも、出来るだけ家族が引き摺らない様な死に方を選んで置きたいというのが一番の思いだ。
ーー・・・。
「でも、これくらいは残していきたい、かな」
近くにあったメモ用紙に、本当に伝えたい言葉を選び書いてファイルに挟んだ。
ーーせめて、この一言だけは届いて欲しい。
「後5分、か」
ここまでの10分間は割と長く感じた。短いけど、長い。時計の針がカチカチとなる音が聞こえる。先程までは気にならなかったその音も、死が近づいている今となってはその1音1音が心に刺さる。
ーー本当に、俺、死んじまうんだ。
10分しかないとなると逆にすることがない。
残り時間で短かった人生をなるべく前向きに振り返ってみることにした。
友達は、俺がいなくなったら寂しがるだろうか。
ーーあ、友達いなかったわ。
彼女は、悲しむだろうか。
ーーあ、彼女いなかったわ。
体育祭は...活躍したことないわ。
文化祭も...誰とも会話することなく終わったわ。
一応幼稚園の頃からの記憶を辿ってみたけど、特に輝かしい思い出もなかったわ。
思春期のこの時期でさえ、誰かと触れ合うことでなく、大好きな制服カタログを眺めることに情熱を注ぎ込んでたわ。
そう、振り返ってみてわかった。自分の人生が、数秒で語りつくせる薄っぺらいものであったことを。
ーー畜生。せめて人生の最後の言葉くらいはかっこいいことを言いたいな。
でもまあ、家族には恵まれた。愛された。それが俺の一番の財産だ。
もの思いに耽っていると、背後から死神に声をかけられた。
「・・・覚悟はできたか?」
「ーー・・・」
思うことは色々あったし、こんなにいきなり余命15分宣告をされて、未練なくあの世へ行けるのかと言われたら、そういうわけでもない。死神に対する文句は山ほどあるが、それは向こうに行ってから言おう。
「出来た」
出来てなかったけど、そう言わなければならない気がした。
「お前ーー」
死神が何か言いかけたかと思うと、それと同時に窓の外から夜中とは思えないほど眩しい光と轟音が降り注いだ。
「うわ!!眩し!!!」
思わず目をつむる。ガラスの割れる音と、脳に直接響くクラクションの音をうるさく思ったところで、俺の意識は途絶えた。本当に一瞬の出来事で、思考が働く余裕なんてものがあるはずもなかった。
そう、俺の最後の言葉は、うわ!!眩し!!!だったのだ。
ーーまあそれも俺らしいか。せめてファイルに挟んだあの紙だけは潰されないでおいてくれよ。
父さん、母さん、真希、ジョニー。
“ありがとう”