03話 忙しい死神
「し、死神!?」
あまりの衝撃に意識が飛びそうになった。
「そ、死神」
ーーえ、え??死神って、あの死神?意味が分からん。
混乱で口をハグハグさせている俺を気にも留めずに、死神は口を開いた。
「そういうことだから、お前そこのけ」
そう言ってジョニーを指差す。
死神ってことはつまり…
「ジョニーを殺すつもりか!?」
死神と分かったからには、尚更ここをのくわけには行かない。17年間の絆をなめてもらっては困る。
さっきより覆いかぶさる力を強めた俺に、死神は困ったように頭を掻いた。
「殺すも何も、そいつはもう寿命だ。つうかそもそも死神は命奪う仕事じゃねえ。亡くなる予定のある命のところに推定時刻ちょっと前に行って、死後身体から離れた魂をあの世に導く役割なんだよ」
そう言って手に持っている名簿のようなものをヒラヒラと揺らした。
「嘘だ!!医者からは最低でも残り一ヶ月は生きられるって聞いた!!」
必死になってホールドし続ける。
ーーこんな奴、意地でも追い返してやる。
死神は呆れたように大きなため息をつくと、子供に言い聞かせるよくな口調で俺に言った。
「お前、17だよな?こいつ、いくつか分かる?」
ジョニーを指差す。
「18」
「だよな。この犬種の平均寿命、分かるか?」
「・・・12」
「そう。だから大往生もいいとこなんだよ。ここまで生きてこれたのだって、こっちがそれなりにサービスして来たからだしな。体にもガタがきてる。あの世に行った方がそいつも幸せだ」
ちらりとジョニーに目をやると、ハァハァ荒い呼吸を繰り返していた。
ーー分かってる。分かってるけど。
「絶対に嫌だ」
こうなればもう意地だった。
そう言った途端、プツリと何かが切れる音がした。
「いい加減にしろ!!この糞ガキ!!お前みたいな働いたこともない餓鬼には分かんねえだろうが、こっちはこの夜の間にあと15人もの人を迎えに行かなきゃならねえんだ!!予定が詰まってんだよ!
いいか?こいつを長生きさせるなら、あの世とこの世の魂のバランスを保つために、他の命を代わりに犠牲にしなきゃならなくなる。
つまりな、この犬はここで死ななきゃならないんだよ!!」
いきなりキレられた。
ぐ、そ、そんな。
でも嫌だ。ジョニーのいない人生なんて考えられない。それこそ死んだも同然だ。でも、他の命を犠牲にすることも、絶対に出来ない。
「分かったなら、そこを退け」
「・・・少しだけ、待って欲しい。まだ、心の準備ができてない」
ジョニーがいなくなる。そう思うと、全身が震える。俺は今、死神にジョニーの命を預けようとしている。
「小学生みたいな我儘を言ってることは承知なんだが、ちょっとだけ後回しにして欲しい、です」
堪え切れずに涙を出すと、そんな俺の様子を見兼ねた死神が大きく溜息をついた。
「・・・」
「・・・」
「ーー仕方ねえなあ。次の件とそんなに時差もねえし、俺がここに戻ってくるまでの間、お前がその犬の魂を繋ぎとめとけるってんなら検討してやるよ」
「わ、分かった!する!」
我儘が通ったことに驚きつつ、俺は慌てて即答した。
「まあ簡単なんだけどな。弱い拘魔印さえ推しとけば一時間くらいの寿命は伸ばせる。お前は万が一に備えて見張ってくれてさえいたらいい。視えるようだし大丈夫だろう」
「拘魔印?」
「魂を拘束する道具だ。一級以上の上級死神だけ持つことができる。強い呪文のかかった奴なら数年単位で寿命を引き伸ばせる奴もある」
よく分からんが凄いものだってことだけは分かった。
「そんな凄いもの使っても大丈夫なのか?」
「ガキは細かいこと気にすんな」
そう言って死神はジョニーの首元に拘魔印を押した。
が、次の瞬間、さっき見せびらかせた名簿のようなものを見直してゲッと声をあげた。
引きつった表情でこちらを振り返る。
「お前、名前は?」
「い、伊坂 利一」
不意に、嫌すぎる予感が押し寄せて来た。
目の前で、死神が大きく頭を抱えながら言った。
「確認してなくてすまん。次に迎える魂、お前だわ」
全身の血の気が引いていくのが分かった。