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26話 反省会

 


 再び、朝とは別の意味で異様な空気が教室中を支配し、次の授業が始まった。


 思っていることは、全部伝えた。

 でも受け入れてもらえることは無かった。

 自分善がりだったからだろうか。それとも理由はもっと別のところにあるのだろうか。


 そんなことはもう関係ない。駄目だった。それがすべてだ。


 ーー言わなきゃよかった。


 感情に身を任せて失敗するってこういうことを言うのか。

 思いのままに行動したことがなかったから知らなかった。


 いつの間にか授業は終わり、放課後が訪れた。

 クラスメイト達が教室から出ていくのをぼんやりと見つめていたが自分が立ち上ろうという気は到底起きなかった。


 気分は最悪。にもかかわらず、胸にぽっかりと穴が開いてしまったかのように心は軽い。

 現状に真摯に向き合おうという自分と自暴自棄になっている自分が体の中に同時に存在していて、どちらが本物かも分からなかった。



「心ここにあらずって感じですね」

「・・・ナナシ」


 ぼーっとしすぎていて反応がワンテンポ遅れた。


「驚きましたよ。教室に着いたら熱いプレゼンテーションか繰り広げられていたので」

「最初、どこ行ってたんだよ」

「そんなことはどうでもいいんです」


 わざとらしく面倒そうにナナシは言い、俺の前の席に腰かけた。夕日のオレンジがナナシの顔を照らす。


「・・・ど、どこから聞いてたんだ?」

「勿論全部ですよ」

「止めてくれれば良かったのに」

「どうして」


 だって、どうせ受け入れてもらえないなら、言っても言わなくても同じなら絶対に言わない方が良かった。確かに感情は昂ってはいたけどナナシに止められたら流石に冷静になれたはずだ。

 腑に落ちない様子の俺を見て、ナナシはふわりと笑った。


「馬鹿な人ですね」

「・・・」


 そんなこと、言われなくても自分が一番分かってる。


「自分はね、ちょっと感動しましたよ」


「・・・」


「簡単な自己紹介すらカンペを用意してしまうような人が放課後にはあんな大演説をしてるんですよ?びっくりです。・・・勿論、良い意味で」


 カンペばれてたのか。

 てか、--え。

 予測していなかった言葉に握りしめていた拳が緩んだ。


「貴方は頑張り屋さん、なんですね」


「・・・」


 ナナシは楽しそうにそう言うと、様子を伺うようにしてこちらを覗き込んできた。


 ーーなんで。


 ・・・何で今になってそんな言葉を掛けるんだ。希望のあるようなことを言わないで欲しい。

 もう全部終わってしまったというのに。

 それに。


「お、俺はそんなんじゃねえよ・・・。自分のことばっかだったし、そんなんじゃ」


 言っていて情けなくなる。でも事実だ。

 ナナシがどうしてこんなことを言ってくるのか理解が出来なかった。


「ーー自分を追い込むことが好きなんですか?貴方は」


 きょとんと、珍しいものを見るような目でナナシは俺の顔を見つめると小さく小首を傾げた。


「そ、そんなわけない!お、俺はーー」


「少なくとも自分には響きましたよ。利一さんの言葉」


 ナナシはそう言うと嬉しそうに笑って見せる。肩まで伸びた白髪の髪がさらりと揺れる。


 嘘だ。


「ひ、響いたなんて嘘だ。実際他のクラスメイトはーーって、え」


 今、名前で呼ばなかったか?

 驚いて顔を上げる。そんな俺を気に留めることまなくナナシは言葉を続けた。


「良いじゃないですか。独り善がり。今利一さんは失敗が許される立場にあるんですから」


 名前、やっぱり呼んだ。聞き違いじゃなかった。でもどうしていきなり。


「・・・」


 ーーそうじゃない、それどころじゃ。


 そんなの適当だ。ナナシはそうだとしても俺は違う。失敗したら終わりだし、成功なんてそもそも存在さえしない。

 ナナシは皆から避けられてないからそんなことが簡単に言えるんだ。


 思わず下を向いて歯を食いしばる。そんな俺の頭上からフッと笑うナナシの声が聞こえた。


「そもそもさっきのあれ、自分は独り善がりだとは思いませんでしたよ。

 まあ、確かにタイミングが早過ぎたのは否めませんし勢い任せではありましたけれど。


 自分は、きちんと考えて発せられた言葉だと感じました」


「・・・」


 ーーなんで。


 俯いて顔を上げられない俺に嫌な顔一つ見せずナナシは言葉を繋ぐ。


「嘘偽りのない言葉はね、心を動かすんです。利一さんが思いをぶつけた人達はそれをきちんと受け取ってくれる方々ですよ」


 ーーなんで。


「何でナナシは、俺のこと慰めようとするんだよ。お、俺が人間だって分かってるのに。

 な、ナナシがそうやって無責任に優しい言葉を掛けるから、俺は」


「・・・」


「俺は、あ、諦められなくなるっ」


 どうかしている。あれだけ拒絶されたというのに、ナナシの言葉を聞いて、もしかしたらなんて思う自分がいる。そんな泥臭い自分が心底嫌になる。

 辞めにしたい。もうこれ以上あんな思いをするのは嫌だ。


「利一さん」


 ナナシはよく通る声でそう言った後、俺の目を真っ直ぐ見つめた。

 アクアブルーの瞳が俺の情けない顔を映す。

 場違いにも綺麗だと思ってしまった。

 その小さな口がゆっくりと動く。

 ふと、初めて天国でナナシと会った時のことを思い出した。



「貴方が人間であるということは、周囲と異なるということは、貴方の罪でも弱点でもないんですよ」



 ーーあの時俺はナナシに救われた。そして今も。


「貴方が何かをする必要はないし、無かったんです」


「・・・え」


「利一さんが行動を起こさなくても、貴方のクラスメイトは皆自分で考える力を持っています」

「それって」


 つまりは皆考えてくれているということだろうか。向き合ってくれているということなのだろうか。

 身に避けるような恐怖を、乗り越えようとしてくれているのだろうか。


「考える時間を与えてあげてください。利一さん」


 信じても良いんだろうか。この言葉を。

 ナナシは相変わらず俺から目を離すことなくはっきりと口にした。



「この問題は最初から、貴方が抱える問題ではないんですよ」



 ************



 ナナシが教室を出た後、一人になってゆっくりとその言葉をかみしめた。


 気持ちは随分と前向きになったし、思考も先程とは違い冷静だ。

 感謝してもしきれない。


 ナナシが何もする必要はないと言っていた通り、俺が今無理にアクションを起こそうとするのは逆効果なのかもしれない。


 何かしなければ変わらないと熱烈な考えを抱いていたがそういう訳でもないようだ。


 ーーとにかく俺には俺の出来ることをしよう。


 今回の“何もしない”は最初とは違って逃げではない。

 例えこちら側から行動を起こすのでなくとも受け身の姿勢になってしまっては何の意味もないのだ。


 席から立ちあがると、迷わず教卓に向かい出席簿を手にした。


 『伊坂君って喋り方変わってるよね』

 『分かる分かる。何か挙動不審っていうかさ』

 『なあ、もっと普通に喋れねえの?』


 生きていた頃、学校で気の置ける友達なんて出来たことがなかった。

 他人の顔色が気になる。集団から孤立することが怖い。


 嫌われたくなくて、気触ることがないかとビクビクしながら話していたら喋り方が気持ち悪いと避けられた。

 空気を乱したくない。のけ者にされたくない。

 そうして相手の心情を過度に気にしているうちに、その思いとは裏腹に周囲からはどんどん人がいなくなっていった。


 『俺伊坂無理だわ~』

 『そうか?喋り方はウザいけど害がないだけましじゃね?」

 『なんかイラつくんだよな。俺人の顔色窺いながら話したことないからさ笑』

 『お前はもっと気にしろ笑』


 彼らにとっては何とでもない陰口。でも俺にとっては。


 “普通”に話したい。

 そう思えば思う程、声は出なくなっていって。

 いつの間にか、自分から会話をすることができなくなっていた。


 ーーそういえば、ここの人たちは、俺のこと嫌な目で見なかったな。


 変わるんだ、俺は。


 ナナシが、ナトリが背中を押してくれた。

 それに応えなくてどうするって言うんだ。


 出席名簿を開き、クラスメイト達の情報を暗記しノートに整理する。


 まだまだ6月。授業で遅れている分だってその気になれば取り戻せるはずだ。


 必死になって鉛筆を動かしていると、教室の扉がガラリと空いた。

 同時に心臓が跳ねる。


 入ってきたのは座敷童の座敷紅梅ざしきこうめさん。今朝教室に入ろうとしていた時、ゲーム機を没収されていた黒髪おかっぱの美人な女の子だ。


 俺が驚いて声も出せない状態にいるのに対し、彼女の反応は“無”。

 教室に入る前から俺の存在に気づいていたからだろうか。

 それとも本当にもう、関心を持たれていないのだろうか。


 ーーいや、めげるな俺。希望はナナシが見出してくれたんだから。


 そう思いつつも居心地が悪くなってしまいつい頭を下げる。


「なんだ。お前も居残りか」


 今日耐えて、明日も耐える。俺はただ諦めずにいる。それだけだ。


「言っとくけどあたしのこれは反省文だからな。鬼術が出来ていないと思われてんのなら心外だ」


 俺は変わるって決めたんだから。--って


「え」

「文句あるか」


 お、俺に話しかけてる?

 そんなはずはないと思い慌てて教室内を見渡したが、案の定彼女のほかには俺しかいなかった。

 俺が混乱していることに気づいた座敷さんは小さくため息をつくとずかずかと俺の席まで近づいてきた。


「あたしはお前に話しかけているんだ。そもそも、仲良くして欲しいと言ってきたのはそっちの方だろう」


 俺に、話しかけている?座敷さんが?

 唖然としている俺を他所に、座敷さんは机の上にあったクラスメイト達の情報をまとめたノートを予備動作もなく取り上げた。


「あ、ちょーー」


「とんだ妖怪たらしだな。お前は」


「・・・へ?」


 突然の言葉に、思わず顔を上げる。


「お、俺はそ、そんなつもりじゃなくて、その」


 仲良くはなりたいが気に入られようと思ってこんなことをしているわけじゃない。

 そう言いたいのだけれど、思ったように言葉が出てこない。


「こんなに詰め込んで覚えなくともゆっくり覚えて行けばいいだろ」


「え、今なんて」


「嘗川の奴もよ、ああは言ってたけど悪い奴じゃない。まあ、内容はともかく、あいつはあいつなりに今頃色々考えてんだろうよ。

 ・・・あたしだって」


 座敷さんが何とでもない風に話し続けていることに理解が追い付かない。

 嬉しさよりも戸惑いのほうがずっと大きかった。


「初めて真面目に書いたよ。反省文」


 そう一言うと、座敷さんはゆっくりと背を向けた。


「あ、あの、座敷さん、俺と話して、大丈夫なのか?」


「--紅梅でいい」


「え」


「あたしも利一って呼ぶから」


 言われた途端、全身の体温が上がった。

 嬉しくて、でも照れくさくて顔に熱が集中するのが分かる。


 そんな俺の様子を見た座敷さん、いや紅梅がくすりと笑った。


「真っ赤」


「い、いや、これはっ!」


「--そんじゃ、また明日」


「え」


 そう言い残すと紅梅は教室から出て行ってしまった。


「また明日って」


 良いんだろうか。行っても。

 また明日、話してくれるんだろうか。


 俺が声を上げたことに、意味があったということなのだろうか。


 いつの間にか外は真っ暗になってしまっていた。



 ***************



「悟、何そんなにボケッとしてんのよ」

「いや、別に」


 佐鳥悟は悩んでいた。


 今日来た人間の転校生と今後クラスメイトとしてどのように接していくべきなのかを。


 現実から目を背け避け続けるという選択肢もあるにはあった。

 しかし五限終わり、絞り出すような声で思いを吐き出した彼を見てその選択肢は掻き消されてしまった。


 答えはもう、あの時決まった。


 しかし、すぐにその手を取ることが出来なかったのはやはり、700年前の事件の存在がおもりになっていたからだ。


 千二百を超える妖怪と神を消し去り、189人もの人間を惨殺した最初で最後の霜月京の来た人間。


 幼いころから寝物語として聞かされ続けていたていたこの話。

 悪役は勿論安倍晴明。


 700年も前の話だ。そんな大昔のことに未だに怯え続けている大人たちをダサい奴らだと鼻で笑ったこともあった。が。


 ーーふたを開けてみれば、一番のビビりは俺だった。


「マジで悩みこんでんじゃん。学校でなんかあったの?」


 ソファで考え込んでいる俺を姉が訝し気にのぞき込んできた。


「どれどれ。お姉様に相談してみなさい」


「だからなんもねえって」


 姉に人間のことなんて言えるわけがない。


「友達関係?」


 “友達”か。

 いきなり出てきた単語に、再び頭を抱える。


 安倍晴明と伊坂利一は全く別の人間だ。切り離して考えなければならない。

 そんなことは十二分はに分かっている。でも。


 ーー腹、括るしかねえよな。


「まあ、そんなとこだよ」


 そう答えたところで、母が受話器を以てリビングに駆け込んできた。






「悟君?嘗川君から電話がかかって来てるわよ」







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