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22話 夢浮橋

 


 いよいよ向かえてしまった登校初日。


 昨日は折角の自由時間を寮内の探検だけに潰してしまったため、今日は下調べなしに魁蘭学園へ向かうことになってしまった。


 確かに学生寮は凄かった。莫大な土地のおかげもあってかスポーツジムにカラオケ、温泉、ボーリング場、映画館、さらには遊園地まで現世で娯楽と呼ばれているものはほぼすべてという程に揃っていた。ただそれだけに、あの空間を一人は流石にきつかった。


 色々な面で順番を間違えたとしか言いようがない。


 ―――やべえ、吐きそう。


 緊張のせいで朝から気分が重い。転校生って皆こんな気持ちだったのか。食堂で朝食を取りながら今後の学生生活について考えていると、不思議なことに最悪の展開しか思い浮かばない。人型妖怪が存外に多かったせいか悪目立ちしているわけでも好奇の視線を浴びているわけでもないのだが、妖怪たちの中にもやはり人間の俺から見て恐ろしい見た目の者はいるわけで。彼らと自分が仲良くなっているビジョンが微塵も浮かんでこないのだ。今現在だって悲鳴を抑えることに必死だというのに。


 典漸さんは大丈夫だと言ってくれたが、正直幸先不安だ。

 そもそも魁蘭学園の生徒たちのノリってどんなものなのだろうか。

 現世の高校生と同じものなら光属性に弱い俺は見てるだけでもHPすり減るし、妖怪独特のものであってもそれはそれでついていけない。

 とどのつまり、今の俺では再び孤独な学園生活を極める可能性が最も高いのだ。

 ともかく今日は第一印象重視で行こう。

 強気だ強気。舐められないように意識高そうなオーラを出すことにした。


 9時に職員室に来るようにと言われたが、これだけ広い敷地内だ。迷う時間も考慮に入れて2時間前に出よう。典漸さんが渡してくれた玉璃とパンフレットに付属していた地図を使えば一人でもまあ辿り着くことが出くはずだ。

 さっそく身支度を整え、ポケットの中から玉璃を取り出す。


「魁蘭学園へ」


 ************




 次に目を開けた瞬間俺が立っていたのは薄暗い森の中だった。霧は立ち込めているが視界を塞ぐほどではなく、朝日が昇り始めているおかげか真っ暗ではないのだが、どんよりとした重い空気が不気味さに拍車をかけている。


「え、何ここ。何処ここ」


 水流音のする方に目を向けてみると、霧のせいか向こう岸の見えないが大きな川がある。川の中腹には整備はされているようだが遠めに見てもかなりの年季が入っていることが分かる長い橋があり、その佇まいが不気味さに拍車をかけていた。


 マジかよ魁蘭学園ってこんな幽霊出そうな場所なのかよ。確かに妖怪が多いとは来てたけど、神様だっているんだよな?大丈夫かこれ。


 現在地を確認するため鞄の中から地図を取り出そうとしていると、視界の端に小さな看板の様なものが見えた。良かった。これで地名が分かる。


 橋の看板に書かれていた文字は

 “夢浮橋”


「ゆめ、うく、はし。いや、音読みか?」


 何にせよ地図を見たらわかるはずだ。さっそく確認しようと地図を広げたのだが、困ったことに“夢浮橋”という地名は学園内のどこにも見当たらない。


 ーーおいおいおい。こんなことあるのかよ。


 早速ピンチである。初日から遅刻して遅刻王のレッテル貼られることだけは絶対に避けたい。てか、そんなことになったら引きこもる。貝になる。


 ーー取り敢えずもう1回玉璃で分かる場所に移動しよう。


 何回か使えばいい感じのところには辿り着くはずだ。


 早速ポケットから玉璃を取り出したところで突然背後から声を掛けられた。


「そこは職業証明書かパスポートがなければ通れんぞ」


「へ?」


 振り返ってみると後ろにはそれはそれは美しい白髪の少女が立っていた。中学生くらいだろうか。ほんのり癖のある長い髪と真っ白な肌のおかげで一見儚げな印象を与えられてしまうが、獣のように鋭い目がそうはさせない。大きな瞳は不思議な色彩を放っていて、今にも吸い込まれそうだ。


「現世に行きたいのではないのかね?」

「いいいや、その、か、かか、魁蘭学園に」


 絶対やべえ奴って思われたよ。ヤダもうほっといてくれよ。

 てか、無理無理無理無理。姉の真希を除いて中学一年以来女子と3言以上会話したことない俺がいきなりこんな可愛い子とまともな会話が出来る訳がない。

 頼むから引き下がってくれ。


「魁蘭学園?ふむ。ここは手違いで来るような場所ではないのだがね」


 あまりに急な出来事に口も開けずにいる俺を気に留めることもなく少女は言葉を続けた。


「その手の中のものは何かね?」


 手の中のもの?二つある。やべ、どっちだ。


「地図です」


「それは見たら分かる。左手の方だ」


 間違えた。馬鹿だって思われたかな。恥ずかしい。


「あっと、これは玉璃と言って、移動手段として使うものというか」


「・・・それが玉璃?なるほど。ここに来て早々とんだ狸に会ったようだな」


 狸?狸ってことわざ的な意味での狸か?いや、ここ霜月京だし妖怪の狸ってことかな。それなら俺まだ会話したの典漸と大五郎さんとしかいないし、2人はドッペルゲンガーと火車だ。


「ここは“夢浮橋ゆめのうきはし”三途の川を泳げない我々が穢土に渡ることができる唯一の手段だ」


「ーー・・・」


 ーー穢土に、渡る?


 穢土って、現世のことだよな?

 どういうこと?この橋を渡れば元の世界に戻れるってことか?


「ここは人を選ぶ。条件を満たしていなければたとえ何劫年探し求めようと辿り着くことはできない」


「・・・条件?」


「“思い”だ。強く焦がれるものだけが、明確な理由を持った者だけがこの橋を渡ることを許される。もう一度問う。うぬ、穢土に行きたいのかね?」


 ーーー行きたい。いや、帰りたい。


 帰れるものなら今すぐにでも。ただそれと同時に、死んだ俺の居場所が現世にあるのだろうかという不安が、恐怖が全身を駆け巡る。万が一家族に受け入れてもらえたところで、その他の人は?そもそも、死んだ俺を家族は視ることができるのだろうか。ただ居るだけで何も出来ない。喉から手が出るほど欲しいものが目の前にあるのに触れることすらできないなんて。そんなのーーー


 地獄だ。


「・・・いや、その、えっと」


 やべ、なんて答えたら良いんだろ。


「・・・まあ、どちらにせよ行けんがな。何を思ったのかは知らんがうぬが霜月京から出ることは当分無理だ。先程言っただろう。ここは職業証明書かパスポートがなければ通れんぞと」


 少女は質問に答え兼ねている俺の様子に気づいたのか、表情は変わらないなりにあっけらかんとした態度で視線を橋の方へ向けた。


 ーーそう言えばそうだった。


「そもそも、条件があるということは裏を返せばそれさえ満たしていれば誰しもが穢土に渡ることが出来るということだ。そんな場所を霜月京が野放しにしておく筈がないだろう。この橋を少し渡ったところに二人の番人がいる。そやつらの許可を得ん限りはこの橋を通ることは不可能だ」


「な、なるほど」


 つまりはあの質問、真剣に考えれば考えるほど恥ずかしい奴だったんじゃん。どうしよう、埋まりたい。


「ちなみに、魁蘭学園に行きたいのならばここから北西に真っ直ぐ進め。巨大な建物だからすぐに見えてくるはずだ」


 やはり変化に乏しい表情で少女は進行方向を指さすと、そこで初めて胸元についている学年証に気がついた。大きめの黒いマントに隠れて分からなかったが、改めてみると彼女も学生服を着ている。おそらく、というか間違いなく魁蘭学園の生徒だ。そしてセーラー可愛い。


「ありがとうございます」


 にやけそうになるのを抑えながら必死でお礼を言った。


「問題ない」


 ともかくこれで何の問題もなく魁蘭学園に辿り着くことができそうだ。というかあれだよな。この女の子も魁蘭学園の生徒ということは目的地も同じなんだよな。一緒に行った方がいいんだろうか。

 誘うか誘わまいかであたふたしていると、少女が先に口を開いた。


「私はもう少しここに居る。さっさと行かねばうぬの足では間に合わんぞ」


 マジかそんな遠いのかよ。急ご。


「あの、本当にありがとうございました!」


 どれだけの距離かは見当もつかないがこれは競歩で行く必要がありそうだ。少しして振り返ると、少女の姿はもう見えなくなっていた。


 魁蘭学園への道を歩きながら彼女の言葉を思い出す。


 “強く焦がれる者だけが、明確の理由を持った者だけがこの橋を渡ることが許される”


 それならば、俺は何故あの場所に辿り着いたのだろうか。彼女は何故あの場所にいたのだろうか。



 ***********


 一人の少年が去っていくのを見送りながら少女は下唇を噛んだ。

 今日が区切りだ。

 自分がこの場所に足を踏み入れる理由はもう無くなってしまった。

 しかし、待ち人は来なかった。待ち人は、来ないことが分かった。


「本当にそっくりなのだな。



 ーーー晴明」















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