20話 魁蘭学生寮
「典漸さん、着きました」
申し訳ないと思いつつ典漸さんに声を掛ける。
驚いたことに、魁蘭学園は来る途中都市か何かだと思っていたあの島の上にあった。
「それにしても、でけえ」
色々な感想が出てくるべきなのだろうが、生憎ここに来てから今までその言葉しか零れてこない。
生きていた頃では信じられないような巨大な建物が目の前に広がっていた。
見たことがないから分からないけれど、東京ドーム十数個分の土地は使われているんじゃないだろうか。見たことないから分からないけど。そのくらいに魁蘭学園は広大だった。
「すまない。案内するつもりだったのに」
ゆっくりと目を覚ました典漸さんが申し訳なさそうに額に手を当てた。
「いえ、十分堪能できました。ありがとうございます」
「・・・そうか、よかった」
典漸さんはそう言って安心したように微笑むと、車から降り大五郎さんに向き直った。
「大五郎さんありがとう。助かったよ」
「あ、ありがとうございました!」
典漸さんにつられてお礼を述べる。
それを受けた大五郎さんはふわりと浮かび上がり車輪に火を灯した。
「おう!またよろしくな!」
「はい」
「人の子、頑張れよ!」
「・・・はい!」
俺の返事に嬉しそうに頷くと、大五郎さんは今度こそ夜空に飛び去って行った。
――最初は怖かったけど良い人だったな。
霜月京での生活もそんなに心配する必要はないのかもしれない。
「さて、行くか」
そう言って典漸さんは正面の一番大きな入り口に向かって足を運んだ。
「寮長今は留守だから、挨拶はまた今度な」
「は、はい」
返事をしたところで気が付いた。
―――ここ、学生寮かよ!
正面入り口にこれほどかという程にでかでかと書かれた“魁蘭学生寮”の文字。上ばかり見上げていたから気が付かなかったが、俺が学園だと思っていた建物が寮だったらしい。
巨大すぎてちょっと引いてしまった。
「どうした?」
「いえ、何でもありません」
ふっ、もう驚くまい。俺は東京生まれ東京育ちのアーバンボーイだ。都会男子らしくだから何?風な顔でやり過ごしてやるぜ。パリピパワーにやられてディズニーにも行ったことないが、クールな遺伝子を受け継いでいることは間違いないんだ。
「・・・本当に大丈夫か?学生寮も校舎も人型妖怪には広すぎるから、移動するときはこの部屋鍵と玉璃を使ってくれ」
「玉璃?」
「移動手段の一つだよ。こいつに触れて行きたい場所を唱えると一瞬で目的地に行けるんだ。ただこの玉璃は学園専用だから、ランダムで校舎の敷地内のどこかに飛ばすことしか出来ない。使うときには気をつけろよ」
説明をして貰いながらチェーンのついた鍵と玉璃を受け取る。
玉璃という物々しい名前なだけに見た目も大きなものを想像していたのだが、小袋に入れられたパワーストーンくらいの大きさの小さな石だった。
「ありがとうございます」
というか、敷地内のどこかって・・・。毎日違う通学路使って登校するってことだよな。絶対迷子になるわ。
「教室に直接繋げることも出来るには出来るんだが、これは生徒全員に配ってるわけじゃないからそこまで機能性良く出来ねえんだ。まあ、無いよりはましっていう代物だ。部屋鍵はこの寮内の扉ならどこからでも自分の部屋に繋げてくれる。どちらも無くさないようにな」
おお!部屋鍵便利だ。
「ほら、使ってみ」
「はい」
典漸さんに促されるがままに、広い寮内にちらほらとある木製の扉の一つに鍵を挿した。
かちゃりという音とともにドアを開けると、そこは綺麗に整頓された重厚感のある広い部屋だった。
「すげえ」
魔法使いになった気分だ。
鍵一つでこんなことができるなんて。想像していたよりも遥かに広々とした部屋だし、ソファやベッド、クローゼットに学習机まで、生活に最低限必要なものは全て揃えられていた。
「ここが利一君の部屋な。家具や小物で足りないものがあったら管理室に連絡してくれ。直ぐに手配するよう言ってある」
「は、はい。ありがとうございます」
感謝してもしきれない。俺が唖然としている様子を見てくすりと笑うと典漸さんは言葉を続けた。
「制服は右のクローゼットの中。学園と寮の地図は机の上に置いてある。大浴場は1階の食堂の前なんだが、今日は部屋についているシャワーを使ってくれ。ここは複雑な設計だから迷いやすいと思うが、そこら辺は他の寮生に案内してもらうか上手く地図を活用して欲しい。あと、今晩の食事は40分後に運ばれてくる」
「は、はい」
「明日は一日予定はないはずだから、余力があれば色々な所を見て回ると良い。ただし、門限は過ぎないようにな。22時だから」
「分かりました」
至れり尽くせりって感じだ。俺が来てからそこまで時間が経っているわけでもないのにこんな部屋まで用意して貰えるなんて。感謝してもしきれない。
返事をした後用意していただいた制服や地図の確認をしたり部屋の間取りを見て回っていると、その様子を眺めていた典漸さんが徐に口を開いた。
「・・・思い出は、作るものではなく残すものだ」
唐突な言葉に思わず振り返る。
そんな俺を気にすることなく典漸さんは言葉を続けた。
「特に学生時代のものは色濃く刻まれる」
先程までと変わらない優しい声色なのだが、思い出すようにぽつぽつと言葉を吐く典漸さんの表情は、ほんの少し寂しそうに見えた。
「現世も、ここもな」
言い終わった後、いたずらが成功したと言わんばかりににやりと笑った。一瞬にして空気が元に戻る。
俺の確認が終わったのを見て、典漸さんは手袋を外し帽子を取った。
「俺の役割はここまでな。あとは利一君の担任やクラスメイト達が魁蘭学園での暮らしを引っ張って行ってくれるはずだ」
ーーえ、マジか。
いきなりお別れムードかよ。ここでの知り合い、まだ典漸さんと大五郎さんしかいないのに。
別れたくない感情が邪魔をして差し出された手を取れない。
そんな俺の不安を感じ取った典漸さんが、安心させるように俺の肩に手を置いた。
「そんな顔をしなくても、時間が空いたら様子を見に顔を出すさ」
「はい」
そうだ俺。何典漸さんに気使わせてんだ。
それでなくても高2で別れを渋るのは色々にきついぞ。
「大丈夫です。本当に、ありがとうございました!」
限界まで頭を下げお礼を述べる。
「こちらこそ。君の担任とは旧友なんだ。いい奴だってことは俺が保証する。必ず上手くやっていけるさ」
「はい」
差し出された手を握り返す。
「あの、俺、典漸さんが最初に案内してくれた人で良かったです」
「・・・光栄だな。・・・君の学園生活が良いものになるよう祈ってる」
最後にそう告げて典漸さんは部屋から出て行ってしまった。
シャワーと食事を済ませた後、ベッドに就いて考える。
――上手くやっていける、か。
確かに霜月京は良い人ばかりっぽいし、不安になるのも野暮な話なのかも。
生きてた頃は友達ゼロの俺だったが、積極的に話しかけて行けば友達も出来る気がしてきた。
というか一応霜月京も天界ではあるんだよな?
・・・悪い妖怪とかいるものなのか?