02話 こんばんわ
みんなが寝静まった後、静かなリビングには俺とジョニーの二人だけになった。今、一人と一匹だと思った奴、背中に気をつけな。
ラブラドールレトリーバーのジョニーはどう見たって大型犬で室内で飼える大きさではなかったのだが、小さい頃俺が父さんに泣きながら懇願したおかげで、晴れて室内犬デビューすることが出来たのだ。
一昨日突然倒れたジョニーを慌てて病院に連れて行ったはいいものの、まさか余命宣告を受けることになるとは思ってもみなかった。
この暑さだし、熱中症か何かだろうと高を括っていた俺たち家族にとって、未だ嘗てない衝撃だった。
「まだ早えよ。ジョニー・・・つい最近まであんなに元気だったじゃねえかよ」
腕の中ではジョニーが苦しそうに息をしている。
「俺が変わってやりたいよ」
ーー本当に、一ヶ月持つんだろうか。
よぎった考えに首を振る。
目尻に浮かんだ涙を拭っていると、視界の端で何かが蠢いたのが見えた。
ーー何だ?
この部屋はただでさえ暗いのに、動いた影はそんな暗闇の中でも位置が確認できるくらいに黒かった。
その影が、ゆらゆらとこちら側に近づいてくるのが分かった。
「真希?」
それだけはないことは明らかだったが、せめてもの願いを込めて呼びかける。
呼吸が荒くなる。
影は動きを止めない。近づくに連れ、その黒い影は人の形を帯び始めた。
ーーなんだこれ。何だこれ!!
ジョニーは首を起こし、影の方をじっと見つめている。
驚きで言葉も出ない俺を他所に、影はジョニーに向かって手を伸ばした。
ーージョニーが危ない!!
そう思った時にはすでに、俺はジョニーの上に覆いかぶさっていた。
「ジョニーに何するつもりだてめえ!あっち行きやがれ!!」
影の動きがピタリと止まる。
恐る恐る正体を確認しようと目を凝らすと、瞬間、全身の力が抜けた。
目に入ったのは、フード付きの黒いマントを身に纏った、二十代中盤くらいの若い男。
「に、人間?」
男が唇を開いた。
「何だお前。珍しいな、視えるのか」
男の長い指が、被っていたフードを外す。
姿を現したのは、灰色の天然パーマに涼しげな目元をした二十代半ばと思われる男だった。
「人間じゃない。死神だ」