19話 あの世のタクシー
聞き覚えのある言葉に動揺していると、典漸さんはポケットから携帯の様なものを取り出し誰かに連絡し始めた。
――ガラケーだ。
使ってる人久しぶりに見た。
それ以前にあの世で携帯が使われていることに突っ込むべきなのだろうが、ぱっと思い浮かんだ感想はそれだった。
電話を切り、典漸さんがこちらに振り返る。
「1分以内にタクシーがここに来るから、準備しとけよ」
「は、はい!」
ーー準備?手ぶらできたから特にないんだけど。
典漸さんの言葉は気になったがそれより更に気になったことを質問した。
「それ、携帯ですか?」
「ん?ああ、これな。思っている通り穢土のものだよ。仕組みはちょっと違うがな」
「へえー」
「電波って霊的なものとすげえ相性良いんだよ。だから穢土の電家製品の大体はこっちでも使えるんだ」
「意外と文明社会なんですね」
驚きながらそう言うと典漸さんは得意そうな顔をした。
「時代の流れだよ」
・・・そういうものなのか。
霜月京は俺の行ってきた天国とは随分と異なるみたいだ。
「おっ、来たな」
そう言って帽子をかぶると、典漸さんはにこりと笑い窓の格子を引き上げだ。
「ま、窓から来るんですか!?」
「他に何があるんだよ」
車道だよ!と言いたかったが、次に口を開いた瞬間には言葉ではなく悲鳴が零れた。
「ぎゃーーーー!!」
窓の外は一面炎に包まれていた。
その炎の中に大きな人の顔が浮かび上がっており、影のつき具合とか炎が燃える音の唸り具合も相まってホラー映画のワンシーンかと思うほど恐ろしい光景だった。
ーー怖え!!
「ーーーっ」
「だから準備しとけって言ったろ?」
「心の準備だとは思ってなかったんですよ!」
これにビビらないものがいてたまるか。
というか、百歩譲ってこれがタクシーだったとしてどうやって乗ればいいんだ。乗車する前に火だるまになるわ。
「大五郎さん、ちょっと火抑えて」
典漸さんがそう言うと、一瞬にして炎が消えた。
姿を現したのは、車輪の部分に大きなおじいさんの顔が付いた正方形の木車だった。
「わお・・・」
火は消えたが、申し訳ないが怖いことには変わりない。
「紹介する。この人は“火車”の大五郎さん。火は触っても熱くないし燃えたりしないから安心しろ」
典漸さんが紹介すると、車輪についた顔のおじいさんが口を開いた。
「いやあ、人間の子供がいると聞いての、妖怪の血が騒いでつい気合が入ってしまったんじゃ。すまんすまん」
「ぃい、いえ、まま、全くお気になさらず」
正直心臓が飛び出るかと思ったし、実際に数秒間の間呼吸が止まったが、前向きに考えよう。生きている(?)から大丈夫だ。
「ふぉっふぉっふぉっ!やはり新鮮な反応は嬉しいのう!寿命が300年は伸びたわい。いい悲鳴じゃったぞ」
ーー300年?・・・冗談だよな?
現在進行形でまだ怖え。恥ずかしい気持ちよりもそっちの感情のほうが遥かに大きい。
「ほら、遠慮せず乗れ。人の子」
大五郎さんの言葉に典漸さんも便乗した。
「さっさと乗るぞ。何なら手え貸してやろうか?」
「い、いえ、大丈夫です!」
ごくりとつばを飲み込む。
もう、こうなったら戸惑ってる場合じゃない。
窓に足をかけると、俺は勢いよく客車に乗り込んだ。
「・・・ふかふかだ」
何だこれ。めちゃめちゃ気持ちいいぞ。
ここまで全身にフィットするソファを俺は知らない。
「気に入っていただけたかね?」
大五郎さんの得意げな声が聞こえた。
「はい、とっても」
俺が完全に座ったのを確認して典漸さんも乗り込んできた。
「大五郎さんは霜月京一の運転手なんだ」
「よせ、照れるわい!」
そう言う大五郎さんの声は満更でもなさそうだった。
「見晴らしが一番良い道で、魁蘭学園寮まで宜しく!」
典漸さんは客車に付属されていた格子を下ろしながら大五郎さんに声を掛けた。
「任せろ!」
大五郎さんの言葉とともに車体が浮かぶ。
「ちょっと揺れるからその辺捕まっとけ」
「は、はい!」
―――グウォン!!!
大きな音とともに身体が揺れたと思ったら、ほんの数秒でさっきまでいたはずの建物が確認できないくらいに空高くまで飛び上がった。
「すっげえ!」
言い終わる前に、車体がものすごいスピードで前進し始める。
「わあ~」
「もう窓開けていいぞ」
典漸さんの言葉にこくりと頷くと俺はせっせと格子を上げた。
満天の星空と、暖色系の煌びやかな街明かりが視界いっぱいに広がる。
画一的に整備された木造建築を眺めていると、なんだか懐かしいものを見ているような気持にさせられた。暗くて分かりにくいが、遠くの方には海まで見える。
「・・・綺麗だ」
高層ビルなんてものは一切なく、街中に歴史の教科書でしか見たことのないような建物がずらりと並んでいる。
街の中央には突出して大きな一つの塔があり、それを囲う形で4つの建物が高く聳え立っていて、そのどっしりとした荘厳な雰囲気には惹きつけられるものがあった。
でっけえ。建物というかもはやドームだ。
ちらほらとみられるお城と思われる建造物たちがちっぽけに見えてしまう。
「圧巻だろ?」
典漸さんの言葉に何度も頷く。こんな光景、一度見てしまったら見たら一生忘れられない。
夏の夜の涼しい風が頬を撫でる。
「風が丁度いいですね」
こんなにスピード出しているのに、何故か強い風を感じない。
「大五郎さんが風よけしてくれてるからな」
「そうだったんですか」
道理で気持ちがいいわけだ。
「ありがとうございます」
「おう!お安い御用だ」
外に向かって話しかけると、会話を聞いていたらしい大五郎さんが返事をしてくれた。
もう一度窓の外に目をやる。
――静かだ。
街が活気づいている様子が伝わってくる。今にも沢山の妖怪たちの笑い声が聞こえてきそうなのに、この高さにその声は届かない。
まるでここだけ時間が止まっているみたいだ。
長い間外を眺めていると、遠くの方で街が途切れているのが見えた。
ーーあれ、どうしたんだろ。
その先に視線を投げると、海に浮かぶ信じられないほど巨大な島が見えた。
その島の上にも大きな都市があり、霜月京とその島をつなぐ長い橋がうっすらと確認できた。
「すげえ・・・。あの、典漸さん」
あれは何かと聞こうと思い振り返ると、典漸さんは隣ですやすやと眠ってしまっていた。
ーーそう言えば、最近激務続きだったって言ってたな。
質問はまた今度にしよう。
なるべく起こさないようにそっと窓の外に視線を戻すと、再び美しい街並みが視界を埋め尽くす。
――いつかこれが、当たり前の光景になっていくんだろうか。
母さんも、父さんも、真希も、ジョニーも、過去の記憶になっていくんだろうか。
典漸さんも大五郎さんも間違いなく良い人だし不満はないのだけれど、いまいち今の状況がしっくりと来ていない自分がいるし、頭では分かっていても実感することが出来ないままだ。
非現実が現実に変わっていく。それ以上に、当たり前を失っていくことが怖かった。
もう後戻りは出来ない、分からないなりに精一杯やっていくしかない。
「ーーーすぅ」
大きく深呼吸をする。
複雑なことを考えずに、俺らしくいよう。
ともかく学園生活を全力で過ごすんだ。
・・・セーラー服のために。