17話 質疑応答
分からないことが多すぎて逆に何が分からないのかも把握できていないため、ぱっと思い浮かぶ範囲で質問をすることにした。
「俺は、その、どうやってここに来たんでしょうか?あと、ここは何処、ですか?」
立て続けに質問をする俺に典漸さんは表情を歪めることなく答えてくれた。
「ここは霜月京。
なんとなくでは分かっていると思うが天国とは別の場所で、金輪つまりは六欲天を含む欲界、色界、無色界の三界に穢土、そして神界と魔界の大まかに分けて四つの世界の魂を政治的に管理する場所だ。
何たって広すぎるからな、中央集権の体制じゃないとまとまらねえんだ」
そう言いながら典漸さんは苦笑いをした。
「利一君は、黄泉の国イベントの翌日の朝、三途の川の岸辺で倒れていたところを保護されたんだ」
なるほど。前半は分からなかったが後半は分かった。とどのつまり、どうやって川の底から上がることができたのかは誰にも分からないということか。
・・・あの黒龍を除いて。
「あ、ありがとうございます。そ、それともう一つ」
俺とは関係ないのだが、どうしても気になっていたことがあった。
「て、典漸さんも、その、魂か何かなのでしょうか」
ーーこの人も、俺と同じ境遇なのかもしれない。
さっき食べたお粥だって、天国で食べたものとは違い空腹も満たされたし体に力も入るようになった。
何より前世の記憶のある俺に対して怪訝な顔をすることなく接してくれている。
名前だってあるみたいだし、典漸さんももとは人間だったという話なら、すべてのことがしっくりくる。
俺の質問に典漸さんは、ああ、そうかそうだよなと小さく呟いてこちらに向き直った。
「俺、妖怪なんだ。ドッペルゲンガーって知ってるか?」
んんんんん?
「妖、怪・・・?」
ドッペルゲンガー?
あれ、俺の知ってる妖怪で合ってるかな?
あまりのパワーワードに思考が吹き飛んだ。
「まあしっくりこないのも仕方ないさ」
典漸さんは混乱する俺を落ち着かせるように一呼吸置いて言葉を続けた。
「霜月京の民はほとんどが妖怪や付喪神なんだ。君のように、人間の魂が肉体を持ってここに来るケースはごく稀で、数万年の歴史を持つ霜月京でも過去に一人しかいなかった」
マジかよ。
「ただどういう訳か、半年前にも身体を持つ人間の少年が天国に送られてきて霜月京中が大騒ぎになったんだ。本来人間がここに来ること自体異常事態なんだけど、幸か不幸か逆にスムーズに行動ができたよ」
言葉も出ない。
唖然とする俺を諭すように典漸さんは微笑んだ。
「近いうちにその子とも会わせるさ。年も近いようだし、お互い積る話もあるだろ」
「は、はい」
確かに。俺以外にも人間がいるという話を聞いてかなり安心した。
心臓に悪い驚き方はしたが、気持ち的にも随分と楽になった。
「魂が何なのかとか、妖怪が、君自身がどういった存在であるのかは、言葉で教えられて理解するものじゃないし、これからここで過ごしていくうちにゆっくりと知っていけばいい。
・・・他に質問は?」
「ーー特にはありません」
先程衝撃とともに粉砕した。
というか、典漸さんが丁寧に説明してくれたおかげで気になっていたことは違和感が残ることなく解決された。
完璧に理解できた訳ではないし、典漸さんも全てを教えてくれた訳でもないのだろうけど、今の俺にはこのくらいの情報量が負担にならなくて丁度良かった。
そもそも霜月京?の説明も全く理解してないし。
「分かった。じゃあ、次は俺から質問させてもらう」
「は、はいっ」
なんとなく緊張して姿勢を正す。
そんな俺を見て典漸さんはくすりと笑った。
「そんなに力むまなくても簡単なことしか聞かねぇよ」
メモ帳のようなものを開き、スラスラと何かを書き込みながら典漸さんは質問を始める。
「前世の記憶はあるようだな。様子を見る限りでは空腹や疲労も感じている。
・・・怪我を負ったりはしたか?」
「少しだけ。血が止まりませんでしたけど」
俺の言葉に典漸さんはきょとんとして顔を上げた。
「血が止まらない?」
そう言って顎に手を当て唸り声をあげた。
「・・・今はそうでもないようだが、体内の霊素の均衡がズレてたのかもな。次に怪我を負った時にまだ血が止まらないようであれば、医者に診てもらうといい」
「はい、ありがとうございます」
そう言えば、天国についた初日の夜助けてくれたあの少年も霊素がどうのこうの言っていた気がする。鮮明に覚えているわけではないが。
その他、体温はあるかとか、病気はしたかとか、天国に来る前の記憶はどこまであるのかとか、身体に関することから生きていた頃の霊感の有無まで事細かに質問され、典漸さんはその都度メモ帳にペンを滑らせていった。
「思っていたよりも時間食ってしまったな。休憩するか?」
「いえ、お構いなく」
回答に困るような質問はされていないし。
「分かった。質問はもう少しで終わるから安心してくれ。・・・利一君、イベントの晩君は何処にいた?」
「イベントの晩?」
「・・・さっき言った通り、君はイベントの翌朝川の岸辺で倒れているところを発見されたんだ。参加者が溺れているという連絡を受けすぐに駆け付けた警察や死神が、魂達の協力を得て一晩中必死になって捜索したのにもかかわらずな」
俺達は三途の川で泳げないから。
そう付け加え典漸さんは言葉を続けた。
「無事であったのは何よりだが、どうしても引っかかるんだ。何度も探した筈の場所であったのと、生存を諦めざる負えない程時間が経過していたからな。呼吸が確認できた時も、やはり動揺はした。思い出せる限りでいいから答えてくれないか?」
めいいっぱい気を使ってくれての質問だということは伝わったが、この質問に素直に回答することは躊躇われた。
ーーー黒龍は、俺のことを害悪だって言ってたんだよな。
呪いだとか陽を喰らうだとか、おどろおどろしいことを言われたのも悔しいことに鮮明に覚えている。
あいつの言っていたことを真に受けているわけではないが、積極的に話すのも頭のおかしい奴だと思われそうで嫌だった。
「すみません。覚えてないです」
「・・・そうか」
なら仕方ないな。
典漸さんは少し考え込むような仕草をした後そう答えた。
数秒の間をおいて質問が再開した。
「君に聞くことはこれが最後だ。さっきと同じように、分からなければそう答えてくれて構わない」
「はい」
もう最後か。
ちらりと部屋に置かれている置時計に目をやると、この質問のやり取りが始まって約3時間経過していた。
集中しすぎて全く気が付かなかった。
「イベントの途中、贍部州全域の草木が一斉に枯れたのは知ってるか?」
「まあ、なんとなくは」
一人で心細く走っていたあの時のだ。
「その前後に何か変わったことがあれば、気が付いた範囲でいいから教えてほしい」
あの時かあ。いつ思い出しても辛い記憶だ。
疲労と置いて行かれた悲しさで世の不条理を実感したことだけは覚えている。いや、寧ろそれしか覚えていない。
正直自分のことでいっぱいいっぱいで周囲の変化に気が付く余裕もなかった。
「あったのかもしれませんが、自分は気が付けなかったです。役に立てなくてすみません」
「いや、謝る必要はない。答えてくれてありがとう」
再び考え込む典漸さんを見て、重大な質問だったであろうだけに、自分の心のゆとりのなさが悔やまれた。
でも、あの状況は誰でもネガティブになるよな。
うん、仕方ない。
冷めきった茶を啜った。
「長くなってしまったな、俺からの質問は今ので終わりだ。一日で終わって助かったよ。ありがとな」
「い、いえ、こちらこそありがとうございました」
「お疲れ様と言いたいところなんだが、明後日から君に通ってもらう予定の学園について説明させて欲しい。きついと思うがもう少し頑張ってくれ」
「・・・学園?」
聞き覚えのある教育機関に思わず首を傾げた。
寝不足になったのを補おうと思って沢山寝たら睡眠過多で逆に起きれなくなりました。
生まれつき与えられた人間偏差値は勉強では補えないようです。
睡眠の加減が分かりません。