16話 お粥
薄れゆく意識の中、遠くからあの黒龍の声が聞こえてきた。
『時が来るまでは、お主の呪いは儂が受け持ってやる』
ーーーー俺の呪いってなんだよ。
ゴポゴポゴポッ
再び水の音に包まれる。その言葉を聞いたのを最後に俺は意識を手放した。
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「おい、大丈夫か?」
誰かに肩を揺さぶられて目を覚ました。
突然のことに慌てて体を起こす。
何かこの感覚味わったことがあるような気がする。
「・・・っけほっ、かはっ・・・」
何とか返事をしようとしたのだが、うまく声が出ない。
目を開けると、ふかふかのベッドの上にいた。
――どこここ。
辺りを見渡してみると、生活感溢れる、落ち着いた色合いのさっぱりとした部屋。
ところどころに高級そうな装飾品が飾られており、センスの高さが感じられた。
「ようやく意識が戻ったか。ほら、水飲め」
ベッドの隣に腰かけていたらしい男の人がグラスに水を注いで渡してくれた。
「・・・あ、りがとっ、ございます」
喉が渇ききってしまっていたが、何とかお礼を言う。
「無理に声を出さなくてもいい」
「・・・」
その言葉にこくりと頷くと、ゆっくりとグラスの水を飲みほした。
乾ききっていた細胞が潤っていくのを感じる。干乾びていた分余計に喉が楽になるのが分かった。
水がこんなにも美味しいと感じる日が来るとは。
「ありがとうございます」
「気にするな」
何だこの人。滅茶苦茶優しい。
改めて目の前の男の人を見てみると、言葉では言い表しにくいのだが、なんというかTHE公務員、みたいな感じの人だ。
猫目だし金髪だし、天然パーマを隠したいのか無理に髪を束ねているし、一見ちゃらんぽらんとしていそうな見た目だが、背筋をきっちりと伸ばしていて、凛々しい雰囲気のある若い人だった。
身に着けているものは何かの制服だろうか。皴一つ入っていない服をきっちりと着こなしていた。
かっけえ。大人になるならこんな感じの大人になりたい。
「どうした?」
「い、いえ。なんでもありません」
やばい。見すぎた。
「なかなか意識が戻らなかったからもう起きないんじゃないかと思ったよ」
男の人は苦笑いをしながらそう言うと黒い手袋を外し右手を俺に差し出した。
「俺は典漸。天界の警察だ。よろしく」
「あっと、伊坂利一です。よろしくお願いします」
そう挨拶し手を握り返すと、典漸さんはほんの少し目を見開いた。
「驚いたな。前世の記憶があるってのは本当だったのか」
「ええ、まあ」
やっぱり可笑しなことなのだろうか。
不安になる俺を他所に、返事を聞くと典漸さんはほっとしたようににこりと笑い立ち上がった。
「それを聞いて安心した。・・・腹、減ってるだろ?君には質問したいことがたくさんあるからな、長丁場になる前に食事にしよう」
そう言えば俺、餓死寸前までいってたんだった。
限界を超えてしまうと逆に空腹を感じなくなるあの原理が働いているようだ。
ただ、栄養不足に陥っていることは明らかで、全身のだるさが半端じゃなかった。
「ありがとうございます」
何とかして立ち上がろうとしたが、制止された。
「動けないだろ、ここで待ってろ。おかゆでいいか?」
「はい、ありがとうございます」
俺がそう言うと、典漸さんは分かった、と一言告げて部屋を出て行った。
さっきからお礼しか言えてない。
というか、お礼しか言えない。
ここが何処なのかも全く分からないまま、今までされるがままに流されてきている。
――天国、なのか?
天界の警察だと言っていたが、実際のところ天界が何処を指しているのかも曖昧だ。
もっと言えば、黒龍に会った後から先の記憶がないため、あれからどの位の時間が経っているのかも分からない。
そもそも、風輪とかいう場所からどうやってここに来たのだろう。
これだけの謎多き状況でも、なんだかんだ言って自然に対応できている分、適応能力はかなり上がっていると言える。
暫くの間貧血なりに頭を回転させて考え事をしていると、ノックが鳴り典漸さんが戻ってきた。
「出来たぞ」
そう言って部屋の中央にあるテーブルに二人分のおかゆが乗ったお盆を置いた。
「こっちまで来れるか?肩貸すぞ」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
お礼を述べてテーブルへ向かう。
この表現が正しいのかどうかは分からないけれど、なんだかんだ言って俺はまだ生きているし、これ以上現実逃避でやり過ごそうというのは流石に無理がある。
この機会に知りたかったことはすべて聞いてしまおう。
テーブルに座り、合掌をする。
「いただきます」
卵粥だ。
一口食べると、身体がじんわりと温まるのを感じた。
「・・・美味しいです」
うわ、なんか、泣きそうになる。
久しぶりにものが食道を伝っていくのが分かった。
不意に、天国で怪我を治療してくれた上、干し柿までくれた少年のことを思い出した。
「それなら良い。焦らずゆっくり食えよ。ここには俺と君しかいないから」
「・・・ありがとうございます」
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少し時間が経ち落ち着いてきてから、典漸さんに思い切って話しかけた。
「あの、典漸さん」
「どうした?」
「質問してもよろしいでしょうか」
俺の言葉を聞くと典漸さんは微笑を浮かべた。
「ご自由に」
良い人過ぎる。
「俺、どのくらい寝ていたんでしょうか」
「三日弱だな」
なるほど。長いと言えばいいのか短いと言えばいいのか。
「その間、ずっとここに居たんですか?」
「まあな」
「典漸さん、お一人で?」
「起きた時大勢に囲まれてても混乱するだろ」
マジかよ。申し訳ない。もっと早く起きればよかった。
「す、すみません」
思わず謝ると、くすくすと笑われた。
「とんでもねえよ。寧ろいい息抜きになったくらいだ。最近激務続きだったからな」
そう言ってはくれているものの流石に心配になる。
とどのつまり監視してたってことだよな?
三日間きちんと睡眠はとっていたのだろうか。