01話 ある夜
「最短で一ヶ月、保って三ヵ月というところです。簡単に言うと寿命ですね。もうすでにこの犬種の平均寿命より6年も長く生きています。大切に育てられたんですね」
昼間行って来た動物病院で、生まれた時から一緒だった愛犬のジョニーの余命が告げられた。
言葉も出なかった。
「残りの時間、大切に過ごさないとね」
姉の真希が潤んだ瞳でジョニーの頭を撫でる。
「よく頑張ったんだね。ジョニー」
母さんがハンカチで目元を押さえ、父さんがその肩を抱きかかえた。
そんな、あんまりだ。ジョニーとの日々ががあと三ヶ月で終わってしまうだなんて。俺はジョニーといる時間を増やすために敢えて高校の友達を作らなかったというのに!敢えて!
「うぉぉぉぉ!ジョニィィィーー!死なないでくれぇーー!俺にはなぁ!お前しかなぁ!居ないんだよぉ!」
「くぅんっ」
俺が泣きながら縋り付くと、ジョニーは自分もだと言うように寂しそうな鳴き声を上げる。
「っ!ジョニーー!」
「くぅん!」
ひしひしと抱き合っていると、後頭部に鉄拳をくらった。
「ちょっと、今日が最後みたいな泣き方しないでよ。これからだってジョニーと沢山思いで作るんだから。それにジョニーが苦しそうだってば」
小学から空手を続けている真希の鉄拳は正直シャレにならないし、いいかげんそれを学習して欲しいところだ。
しかし、以前そのことを本人に告げたところ、あんた男のくせにこんなのにも耐えられないの?と罵倒された挙句、訓練という名目で一週間鬼の筋トレメニューに付き合わされた過去があるので、以来姉には逆らわないようにしている。
「まあまあ真希。利一は特にジョニーを可愛がっていたからな。気が動転するのも無理ないさ。今夜くらいは利一の好きなようにさせておこう」
父さんが仲裁に入る。
虚勢を張ってはいるがクラスの女子の眼圧だけで動けなくなる気の弱い俺と、気が強く喧嘩も強い姉の絶対的な上下関係を唯一緩和させてくれるのは、平和第一主義の父だけだ。
てかマジか父さん。今俺傍から見たら気が動転してるように見えるのかよ。すごい通常モードのつもりなんだけど。心のダメージがえらいことになってるわ。
「利一、真希。今日は夜ももう夜遅いから寝ましょう?ジョニーのことについては、明日皆で考えましょう」
母さんが言った。
「嫌だ。俺今日はジョニーと一緒に寝る!学校行かずに看病するから!」
「だから、病気じゃないの、寿命なの!」
真希が呆れ果てて溜息をつく。そんな真希の様子に思わず意地になり、ジョニーを抱き抱える腕に力を込めた。
「真希も落ち着きなさい。今日くらいは利一をそっとしておいてあげよう。まだ気持ちの整理がついてないんだよ」
父さんが真希をたしなめると母も真希も納得したようで、お休み。と一言いって各々の寝室に戻っていった。さすが父さんだ。
暫くすると、寝間着に着替えた父さんがリビングのソファーまで毛布を持ってきてくれた。
「電気は消していいか?」
「うん、ありがとう」
パチンという音とともに部屋が暗転した。
「おやすみ」
暗闇の中から父さんの声がした。
「おやすみ」
リビングの扉の閉まる音がした。
暗闇の中、かろうじて認識できるジョニーをそっと撫でる。
「どこにも行かないでくれよ。ジョニー」
父さん、母さん、真希、俺、ジョニー。みんな揃って家族なんだ。誰かが欠けるなんて信じられない。そんなの、耐えられない。
ジョニーを撫で続けて暫くすると家のすべての電気が消え、それを合図にする様にして長い夜が始まった。