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事件の予兆

精霊推敲教団の街、メリカからひたすら北へ。そこにはかつて三世界戦争が始まった元凶がある。

今行こうとしているフェラリウス遺跡には、魔界と人間界をつなぐ時空の歪みのようなものがあるらしい。

自然の中にいる魔物達も元は魔界の生き物で、その歪みのようなものから人間界へと渡ってきている。

普通精霊王のレナータが感じた"異変"の原因がそこにあるなら、今アリンナ連れて行くのは少し危険な気もした。

「ルヴェール。」

色々なことを考えていたので、アリンナに名前を呼ばれているのにきずかないルヴェール。

「ルヴェール。」

「…………。」

「ルヴェール!!」

「っ!?は、はい!?」

ようやく反応してくれたのを満足そうにアリンナは大股で歩き出した。

「歩いてばかりも退屈なので、よろしければお話をしつつ精霊王がいるフェラリウス遺跡に行きましょう?」

ルヴェールが戸惑いながら頷いた。

「突然ですが、私、不満に思っていることがあるのです。ルヴェールは、私のことをアリンナ様と呼びますよね?」

「は、はい…。」

「名前に様をつけるのをやめて下さい。できれば敬語も。行動を共にしているのにそんな上下関係をつくりたくないです。」

真剣そうなアリンナとかわってルヴェールは呆気にとられた顔をしていたが、ふと、その表情が緩んだ。

「わ、笑わないでください!」

ルヴェールは苦笑しながら頷く。

「過去に同じことをある人に言われたことがあってさ、アリンナがそう言うならそうする。ちょっと気がひけるけど。」

アリンナは微笑みながら白い手をルヴェールにさしだす。その意味がわからずルヴェールは首を傾げた。

「改めてよろしく、って意味です。」

「ご丁寧にどうも。こちらこそよろしく。そういや、アリンナも敬語を…。」

「そ、それは私のありのままの話し方だからいいんですっ!」


***


メリカからだいぶ離れた所まで来ると魔物にでくわす回数も増え、おまけに例の頭痛がルヴェールを襲う。といっても我慢できる程度の痛みなのでアリンナには何も言わない。

そして一つ驚いたのは、アリンナが戦闘慣れしていることだった。彼女の使う武器は、古代遺跡から発掘された価値のある魔道具だ。

魔道具とは、魔力を注ぐことによって動かすことができる物だが、だいたい発掘という形で世に出てくる。

何故なら、今の時代よりも遥か昔、この人間界と精霊界は一つの世界で、精霊たちの協力を得てようやく魔道具を作ることができたらしい。精霊界と人間界が一つでない今、魔道具を作ることは難しいのだ。

そしてアリンナの持つ魔道具は、一見直径4センチ程の淡い黄色の水晶玉が二つ。だが、魔力を注ぐことによってアリンナの思うように宙を飛び回る。

見た目よりはるかに硬い玉は打撃力が強く、遠距離から近距離戦のような攻撃ができる。時には玉が素早く魔方陣を描きアリンナの合図で魔法を発動する。

いつもなら、ガーディアンと呼ばれる普通のオリヴィエ教団兵より実力のある兵のある二人がアリンナの護衛として戦っているらしい。その二人があまりにも息のあった戦いをするので、アリンナが戦いに入ろうにも入れないと言っていた。

ルヴェールらがフェラリウス遺跡に近い森を歩いている時アリンナがルヴェールの顔色を見て眉を寄せた。

「ルヴェール、顔色が優れませんが大丈夫ですか?」

ルヴェールはアリンナに微笑むが、彼の武器の刀の鞘を持つ左手は力が入っていた。頭痛がなかなかおさまらないのだ。

「いや…。大丈夫。あと少しで、フェラリウス遺跡につくと思ってさ。レナータがまだ遺跡にいるといいんだけど…。」

「レナータ……?」

「精霊王の名前だよ。エフリートとかジンとかクラーケンとかベヒモスとか、名前に関しての言い伝えは沢山あるけど、俺が知ってる精霊王は綺麗な女性なんだ。おまけに強いしね。」

アリンナはふむふむと頷いた。頭が揺れるたびに前髪がふわふわと揺れる。

「そういえばっ!気になってたんですけど、どうしてルヴェールは精霊王のことをそんなに知っているんです!?」

「そ、それは……。」

ルヴェールが言葉を詰まらせたその時、木の枝がバキボキと折れる音がした。二人の表情に緊張が走る。

(この気配、魔物だ。)

しかも、さっきまで相対してきたものよりも強敵な。

ルヴェールは音もなく鞘から刀をぬくと、少し腰を落としてあたりの様子を伺う。

そして、その瞳は数メートル先にいる獣と目があった。

きみの悪い、血の色のような赤の目。

普通の者ならひるむが、ルヴェールはもう二年前の戦争で、コレ以上のモノを見てしまっている。今更恐怖なんてものはない。

「くるぞっ!!」

ルヴェールが叫ぶとともに、魔物が姿を現した。

狼のようにも見えるが狼よりもずっと大きく、耳の横にはヤギのようなツノが生えていて、尻尾はサソリのような尖った何かが付いている。

魔物がまず狙ったのは、当然前衛のルヴェールだ。

振り下ろされた前脚を横に飛んで避けると、頭上から何か斧のようなものがルヴェールを切ろうと襲いかかる。

刀ではじき返したソレは魔物の尻尾の先だということにきずく。

とにかく、この魔物の意識をルヴェールに向けさせ早急に倒そうと思った。

この魔物の意識がアリンナに向こうものなら、アリンナを守るためルヴェールも無傷ではいられない。

(まずは……。)

次の瞬間、魔物の咆哮が木々を震わせた。

ルヴェールが素早く魔物の背後に回り込んで、その尻尾を切りおとしたのだ。

「えいっ!!」


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アリンナが手を振り上げると魔道具の玉が魔物の顎にアッパーをかまし、魔物の体制が崩れる。

ルヴェールはその隙を見逃さなかった。

この魔物は確かに少し強い。だが、少し強いだけなのだ。

ルヴェールにとってこんな魔物は、技を使わなくともいいレベルだった。

ガラ空きの魔物の喉に、刀の刃が入り込んでいく。

そして……。

ルヴェールが刀を鞘に収めた音のあとに大きな音を立て、魔物が地面に倒れた。

アリンナを安堵のため息をついたのが聞こえた。それとアリンナ以外の女の声……。

「いやー。お見事、お見事ー。」

「!?」

振り返ったルヴェールが見たのは、魔物の死体に腰を下ろしている輝くような銀髪を持った、オリヴィエ教団兵の兵服によく似た服を着た女だった。

「ミルゼ、知らない方をおちょくるなよ……。困ってるじゃないか。」

終いには見知らぬ青年まで出てきた。

「ミルゼ、それにレイフィルも!!ルヴェール、この二人が私のガーディアンです!」

アリンナがそう言うと、女の方が魔物の死体から飛び降りてルヴェールの方に歩み寄る。

その動作からは物音一つ聞こえない。

「初めましてルヴェール。あたしミルゼ。アリンナのことありがと。」

にこやかに握手を求められたので少し緊張がほぐれる。

「……いつから魔物の上に?」

「やっぱ、気付かなかった?気配消してたからだと思うけど。」

ミルゼはニヤリと笑い、ルヴェールの手を離す。

「で、こっちのチャラいのが、バカフィル。」

ミルゼにつづいて握手を求めようとしていたバカフィルとよばれた青年ががっくりと肩を落とす動作をした。だが、すぐににっこりと笑った。キラリと、彼の付けている耳飾りが光る。

女受けする顔だとルヴェールは思った。

「アリンナのガーディアンをミルゼとやっています。レイフィル・ルーカスです。先ほどは、ミルゼがすみません……。あいつああいう性格で……。」

そう言ってルヴェールと握手をするレイフィルはチャラいというより真面目な人のように見えた。

「……で、アリンナはここであたしらの知らない男と何やってんの?」

「精霊王に会いに行こうとしています。」

「「……は?」」

ミルゼとレイフィルの声がハモった。

「ですから、ルヴェールの案内で、精霊王に……。」

ミルゼとレイフィルの二人は同時にルヴェールを見た。

明らかに怪しまれている。

「……精霊王の居場所知ってるって、あんた何者……?」

ミルゼの表情が、先程までとは打って変わって険しくなる。

「ま、まぁ、ミルゼそう怖い顔すんなよ。」

レイフィルがルヴェールとミルゼの間に割り込んだ。だが、ミルゼから出る殺気のようなものは消えない。

「ミルゼ。ルヴェールは私を暗殺しようとしていませんよ?私を暗殺しようものなら、機会はたくさんありましたから。」

「……暗殺?」

アリンナの口から出た物騒な言葉にルヴェールは思わず聞き返してしまった。

ミルゼとレイフィルはハッとして視線をそらしてしまう。どうやら触れてほしくない話題のようだ。

「……。今、オリヴィエ教団では、対立が起きています。」

「アリンナ……!!」

「ミルゼ、いいのです。いつかは知られてしまうこと。」

アリンナにそう言われ、ミルゼは不服そうに口を閉ざす。

「導師…。私の兄が率いる改革派と、この私が率いる守護派の対立がおきているのです。」

「その対立に勝つために導師カナシンがアリンナに刺客を送ってきてると…?」

アリンナはこくり、と小さく頷いた。 「導師カナシンが…実の妹に……。」

ルヴェールは一般市民よりかは導師のことを知っているが、とても温厚な人で何より妹思いだった。

「……。で、これほどの情報を知ったあんたは、なんで精霊王の居場所を知ってるのか教えたほうがいいんじゃない。」 「それは……。」

できるならば、言いたくないことだった。

二年前の悲劇を、思い出してしまうからだ。

だが、今は自分にかけられた疑いを晴らすことが大切という事が頭の中を埋め尽くす。

もう、どうだっていい。自分の心は二年前に壊れてしまったのだから。

「二年前、俺は、"月光の羽"の一員だった。」

"月光の羽"と聞いて、レイフィルがミルゼと顔をあわせる。

「"月光の羽"!?……。それって魔界のドラゴンを倒した英雄の所属していた、精霊王自ら指揮する精鋭隊の事だよな、ミルゼ!」

「……。でも、三世界戦争で全滅した。って、あたし聞いたけど?」

ミルゼがルヴェールを試すようにそう言ったが、アリンナが首を振った。

「噂ではそういう事になっていますが兄の話では、ドラゴンを倒す時の大魔法に巻き込まれず、運良く生き残った者がいると……。それがルヴェール、あなたなのですね。」

「……。運悪く……ね……。」

ルヴェールは誰にも聞こえないようにそう呟いた。


***


「あれが、フェラリウス遺跡……。」

ルヴェール達は、遺跡の柱の陰から遺跡の中の様子をうかがっていた。

「うわっ、まだオリヴィエ教団兵がいる。」

「まだって事は、さっきここにきていたのか?」

ルヴェールがミルゼにそう問うと、彼女は頷いた。

「あたしらアリンナの命令で導師の行動を探ってたんだ。そしたら、ここに行き着いたわけ。」

「今更だけど、導師カナシン率いる改革派って、何を改革しようとしてるんだ?」

「……' あらゆる苦から逃れる為には、世界をあるべき自然なカタチにもどさななければいけない。その為に魔界からの使者、ドラゴンの力を借りて、世界の悪の種を一掃し、世界を一から創りなおそう。'……って言うのが導師の意見なんです。」

ルヴェールにだけ聞こえるようにレイフィルがこっそり教えてくれた。

「……。ドラゴンの力を借りる、か。それは俺も賛成するにはかなり抵抗があるな。」

ルヴェールは暗い顔でそう言ったが、七割は頭痛によるものだった。

ここまで耐えてきたが、最近では感じた事のない激痛に思わず片手で頭を押さえてしまった。

「……?ルヴェールさん?」

ルヴェールの異変に気がついたレイフィルが声をかけた事によってアリンナとミルゼがルヴェールを見る。

その時だった。

「っ!!!」

レイフィルが遺跡の入口の方向に手のひらを突き出した。

それから瞬きもしないうちにレイフィルの目の前で何かが爆発する。

だが、レイフィルはかすり傷どころか無傷だった。なぜなら、レイフィルはなんと詠唱をせずに、防御魔法を発動させたからだ。

「そこにいんのはわかってんだよ。とっとと出て来い。屑が。」

遺跡の入口から聞こえた声にルヴェールは耳を疑った。

どう聞いても、少女の声だ。

そして、ルヴェールの脳裏に軽いトラウマが蘇る。

「こ、こうなったら、正面突破ですっ……!」

「ちょ、アリンナ!!」

柱の陰から、とび出していったアリンナに続き、ミルゼ、レイフィル、ルヴェールと出る。

遺跡の入口前で待機していたオリヴィエ教団兵達がアリンナを見て、ざわめいた。

「アリンナ!?なんで、あんたがここに!?」

先程こちらに攻撃したであろう口の悪い少女が、アリンナを見て目を丸くする。

「久しぶりですね、ナル。元気そうで何よりです。ところで、導師のガーディアンの貴女が、どうしてここにいるんです?」

「……。あんたには関係のない事だし。それに、今のあんたは外出禁止ってカナシン様に言われてただろ?なんでここにいんだよ?」

ナルという少女はとてもイラついた様にミルゼ、レイフィルを見、ルヴェールの存在に気づく。

「銀髪と魔法オタクは知ってるけど、何だよ?この前髪で片目隠れてるジメッとしてる奴……。」

「彼は、ルヴェール。私の友人です。」

ナルは首を傾げた後、「あぁ……。」と、呟いた。

「"月光の羽"の死に損ないか。」

「っ!!!」

ナルの一言で、ルヴェールの表情が固まった。

「ナル!そんな言い方酷いです!」

ナルはアリンナの言葉を無視し、小悪魔のような笑みを浮かべる。

「死に損ないが今更何しに来たんだよ?」

「…………。」

なにか言わなくては。そう思った矢先鈍器で殴られた様な痛みがルヴェールを襲う。

『ルーヴェッ!!』

悲鳴にも似た声。だが、声の主は、ここにいる誰のものでもない。

「……。ノームか……?」

ナルがきみ悪そうにルヴェールを見たが、今は気にしない。

『ルーヴェ!お願い、助けて!このままじゃ、レナータがっーーーーーー。』

皆の様子から見て、ルヴェール以外、ノームの声が聞こえていないようだ。

ノームの姿も見えず、これは頭痛による幻聴かと思ったそんな時。

いきなり、大地が上下に動いた。

地震だ。

「幻聴じゃ……ない!」

ルヴェールはできる限り早く、突然の地震に戸惑うオリヴィエ教団兵の間をぬって、遺跡の入口へと走る。

ノームがこの地震を起こしたとすると嫌な予感がしてならない。

遺跡内のレナータに何かがあって、運良く近くにいたルヴェールに危機を伝えたのだろうか?

そんなことを考えながら、ルヴェールは遺跡の闇の中へと消えていった。




































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