***エンドへ向かう為の始まり。
精霊推敲教団の街、シュライクの市民街にある宿屋の二階の一番奥の空き部屋がルヴェールの部屋である。
今、ルヴェールは宿屋の庭の広場にいた。
階段をつかって広場まで行くのがおっくうだったので、窓から飛び降りたのは今回は黙認してもらうことにした。
彼の目の前には人々が精霊の王と呼ぶ女、レナータがいる。
お互いたわいもない会話を交わし、そして、いつもは精霊界にいる彼女がなぜここ、つまり人間界にいるのかという本題へと入っていった。
「…ここ最近、人間界の地上で魔物が頻繁に人間と接触して人間が被害を受けている。つまり、魔物の数が増えているということだから、少し引っかかってね。なんらかか魔界が関わっている気がするんだ。」
「それで人間界を四大精霊達と直接見に来たと…。」
ルヴェールもそういう話は聞いたことがあった。知り合いの傭兵がそういう理由で儲かっている。と言っていたのだ。
「で、ノーム以外の四大精霊はどこにいるんだ?近くに気配を感じないんだが…。」
「あぁ、彼らには先に目的地に行ってもらっている。私達は、ルヴェールに会いに来たんだ。そう言えば、髪が二年前よりのびているな。切っていないのか?」
レナータはそう言うとルヴェールの顎あたりまでのびた前髪を細い指でそっと触った。
「綺麗な色の瞳をしているんだ。こんなに伸びていたら片目が隠れて勿体ないと思うんだが…。」
レナータにまじまじと見られ、そのうえ彼女の手が自分の頰に触れている。
何せ相手は美女。こういったことにルヴェールは耐性がなかった。彼の顔は一気に赤くなる。
『ルヴェールあかくなってる〜。』
ルヴェールの腕に抱かれた四大精霊の一人、"土"の精霊ノーム(どう見ても可愛らしい動物)がからかってきたので、ルヴェールは慌ててレナータから離れるように後ずさった。
「っし、仕方ないだろ!?」
『ルーヴェの意気地なし〜。ホント女の子に弱いよね〜。ちょーっと触られただけなのにぃ〜。』
レナータは楽しそうにルヴェール達の会話を見ていたが、ふとなにかを思い出したように会話に割り込んできた。
「そう言えば、シュライクは今日、祭があるそうが…。三世界戦争で勝利を収めた祝いの祭。と聞いている。」
「……そう言えば……。」
『そう言えばって、シュライクに住んでるのに興味なさそー。』
ノームの言う通り、祭は興味が無かった。祝う気にどうしてもならないのだ。
(祝う…か…。俺だけ生き残ったのに…。俺には、祝う資格なんて…。)
『ルーヴェ?顔色悪いよ?』
ノームがルヴェールを心配そうに見てきたので、我に返った。
「…何でもない。心配しなくても大丈夫だよノーム。」
ルヴェールがそう言って微笑むと、北の方角から少し強い風が吹いた。
「……この風は……。」
普通の人間ならただの風だと思うが、ルヴェールのような霊能力が高い者ならわかる。
霊能力が高い者ほど、精霊の姿を見、その声を聞き、存在を感じ取ることができるのだ。
「そう、シルフだ。……どうやら早く戻って来いと言っている。残念だが、もうお暇しなくてはいけないようだ。」
風が止み、レナータは閉じていたまぶたをそっと開けた。
シルフとは四大精霊の一人、"風"の精霊のことだ。
『エェー!!シルフのばかちんっ!もう少しぐらいいいじゃんか〜!!』
「ノーム落ち着け、お前が暴れると大地に影響が出る。」
ルヴェールにそう言われ、ノームはプッ、と頬を膨らませると、ルヴェールの胸にしがみついた。
『僕まだここにいたい。……。……。……。そうだっ!!ルーヴェ!僕らと一緒に来なよ!!』
「っえ!?」
『ルーヴェの霊能力なら、レナータの守護人になれるし、きっと昔みたいに元気になれるよ!』
ノームの言葉にルヴェールの表情は固まった。
レナータの、つまり精霊王の守護人になるというのは人間界と精霊界のつなぐ橋となり、精霊王、全ての精霊を命をかけて守る従士になるということだ。
二年前にとても優秀な守護人がいたことをルヴェールは知っている。
その者の名は、アンジュ。ルヴェールの無二の親友でもあった男だ。
アンジュは、二年前の戦争でドラゴンを倒し、そして死んだ。
ルヴェールは込み上げてくる感情を無理やり抑え込むと、そっとレナータとノームから目をそらした。
「俺には、あいつみたいにはなれないよ……。それに、俺はあいつみたいに強くない。」
(……。俺は弱い。だから今もこんな現実から目をそらす様な生活をしているんだ。)
ルヴェールはしばらくしてからレナータに苦笑いしノームをレナータのほうに受け渡す。
「力になれず、すまない。」
「いや、こちらこそ無理を言ってすまない。………………だが、守護人の件少しでいい。考えておいてくれないか?私達は、北のフィラリウス遺跡に向かう。気が向いたら来てくれ………。行こう、ノーム。」
レナータはそう言うと、朝日の光がさす道を歩いて行き、ルヴェールの前から消えてしまった。
ルヴェールはしばらくのあいだその場に立っていたが、宿屋の扉から誰かが大きなあくびをしながら出てきたので、先程までレナータ達に見せていた表情をひっこめる。
「おっ!隻眼くーんおはよー。今日も相変わらず死んだ魚みたいな目、してるねぇー。っあ、でも、いつもより顔色いいかも。」
ルヴェールを見るなりそう言ってきた女は、ルヴェールをここに住ませてくれている宿屋のオーナーだ。ここだけの話、彼女は情報屋もやっている。
「……。カミアンさん、俺、隻眼ではありませんが。」
「だって、前髪で片目隠れてるじゃない。」
全くもって、理由になっていない。
ルヴェールは無言で伸びた前髪を搔き上げた。
「おっ!いい顔してんじゃーん。」
「………………。」
ルヴェールは、また無言で髪から手をはなす。
「そーいや、今日用事ある?やってほしいことがあるんだけど。」
「……。今日は祭だから、シュライクに来た人達から情報を盗んでこい。とか言うんですか?そういうのは貴女の本来の部下にでも言ってください。」
「もー。そう言う固いこと言わないの。どうせ祭の騒がしさが嫌で部屋にひきこもるんでしょ?だったら、教会にでも行ったら?って言おうとしたのに。」
ルヴェールは、少し考えたのち、カミ
アンの提案を受け入れることにした。
教会は、いつでも静かなのだ。
だが、カミアンが他人を心配するなんて、今日は空から飴玉でも降ってきそうだ。
ルヴェールはやはり無言で、自分の部屋に戻る。今度はちゃんと階段を使って。
ルヴェールの姿が消え、カミアンの足元に一匹の黒い猫が近寄ってきた。
その黒猫は、オッドアイの目を少しカミアンに向け、ちいさな口を開く。
『……。本当にあの子を教会に行かせるつもり?』
カミアンはニヤリと笑った。
「運命の歯車は、もう随分昔から回り始めてる。あの子は最後の締めくくりの役目を果たすだけ。」
『後は、流れのゆくままに…ね…。』