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声のない魔法使い。ーー学園。  作者: 一条 いちか
Chapter One
5/10

距離に焦がれるのは明日。

その翌日、雛依は登校してきた。



「一宮さん大丈夫?」


「えぇ。もうだいぶ良くなりました」


「一宮さん、風邪ひいてたの?」


「あ、いえ。ただの体調不良です…」


「新しい環境で疲れちゃった?」


「ふふっ、皆んなと仲良くなりたくて、頑張りすぎちゃったのかもしれませんね」



と鈴の様に笑う。


選択授業の教室に来れば、いつもの席に雛依は数人に囲まれていて、真が訊きたいことをあれこれと訊かれていた。


ふ、と視線だけを真に合わせた雛依は、困った様に眉を下げる。



(今日話すのは無理だな…)



大人しく違う席に座ると、さも当たり前のように香水の臭いが隣から漂う。



(…チッ)



空いてしまった距離に明日を焦がれる。











「一宮さん、まだ具合悪い?」


「えぇ。1週間もだらけていたら体が重くなってしまいました」


と、柔らかく友人に笑みを溢すも、辛そうだ。


「私の脳細胞が死んでしまう前に、保健室で休んできますね」


大きめのポーチを掴み、サボりにでも行くかのように明るくそう告げると席を立った。


「一宮さん、具合悪いの?」


先生に保健室に行く旨を伝えると、扉付近で中野に声をかけられる。


「久しぶりの授業で疲れちゃっただけです。……所謂、サボりってやつですね」


ふふっ、と和かに笑い中野にお礼を言って教室を後にする。






(…っはぁ、まだちょっと早かったかな…っ、身体が辛いっ…)


教室から少し離れた曲がり角で、蹲る。


「薬…飲まなきゃ」


鼓動と一緒にズキズキ痛む頭を持ち上げると、何処かの教室の扉を閉める音が聞こえた。


「!(誰かこっちにくる…頭、…痛いのに……)」


痛む身体に鞭を打ち、ノロノロと立ち上がる。





「わっ、びっくりした。黒井さんでしたか……少しぶりですね」



綺麗に笑えてるだろうか…?

雛依は不安になった。



「………お前、具合悪りぃんだって?」


「えぇ、でも大したことないですよ」


「……ふーん、あそ」



ふわりと真から香る女物の香水の匂いに、気持ち悪くなる。



「……お久しぶりなのに、つれないですね…」


うまく回らない舌にスローテンポの返しになって、いつものように被ることができない。



「当たり前だ。1週間も休みやがって。おかげでこっちは香水臭くせぇんだよ。……お前の様子を見に行くって、サボりの口実にしてるから宜しく」


「…病人をダシに使うなんて、酷い方ですね」


違う。こんな言葉を言いたい訳じゃないのに……と後悔の念が押し寄せて頭が痛くなる。


「うるせぇよ。…保健室行くんだろ?早く行け」


引き攣る雛依の頬を優しく撫でて、真は上の階へ足を運んだ。




「っ、(よかった…)」


身体に力を入れた分、痛みが増して壁に寄りかかる。


(こんな姿見られたくない…)


グラグラと揺れる頭を、抑えるように目を閉じ、片手で目から額を押さえた。



「いっ、、たい」


「なに、頭痛ぇの?」


「!」



再び聞こえる声に『なんで!?』と雛依が顔を上げると、先程立ち去った筈の真が立っていた。


「ッ!!」


急に動いた反動で、激痛と目眩に襲われ足がふらつく。


「あっ、ぶね………っ、…!」


ふらついた足が安定され、同時に腰に温もりを感じた。

知らない匂いに混じって真の匂いが鼻に届き、無性に泣きたくなってブレザーから覗く彼のセーターに顔を埋める。


「……あたま、…いたいの、」


泣き出してしまいそうな、知った彼の匂い。

頭に添えられた手に甘えたくなる。



「力抜いてろ、……暴れるなよ」


頭から首、首から背中に降りていく手に、寂しさを感じていると極力ゆっくりとした浮遊感を感じ、雛依は真に体を寄せた。


「ん、首もてば?」


踏み出す振動に、言われた通り白い首に手を回す。

段差の低い階段を、なるべく揺れないように降りてくれる彼に、徐々に身体の力が抜けていく。


「…ありがと、」


くぐもった雛依の声。


「ふはっ……〝仲良く″だろ?」


きっと恐ろしいほど綺麗な笑みを浮かべてるであろう彼に、雛依の口元も歪む。







ーーーー



(揺れるか?)

(…だい、丈夫…)

(まだいてぇの?)

(…ちょっと…)

(お前の甘えてるとこ初めて見た)

(!!)

(からかっただけだ。力抜けよ)

(…………)

(…………)




縮まった距離に焦がれるのもまた明日。




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