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声のない魔法使い。ーー学園。  作者: 一条 いちか
Chapter One
4/10

習慣の馴れ初め

「おはよう一宮さん」


「おはようございます黒井さん」


「隣、いいかな?」



相変わらず爽やかな笑みを浮かべる真。



「でも彼女の座る席が……。あ、私の席をお譲りしますわ」



そう言って席を立つはずだったのに、真は付いて来たのであろう背後にいた女子生徒に断りを入れた。



「………ごめんね田中さん。俺、一宮さんに英語教えてもらいたいから…」



彼が困った笑みを浮かべれば、大抵は照れとよく見せたいが為に「大丈夫だよ、勉強頑張ってね」とどっかへ行くだろう。


圧倒される真の猫かぶり。

また数回しか見ていないが、ゲスな部分とは明らかな差に思わず雛依の口元が緩む。



「とゆーことだから……何笑ってんだよ」


「…いや、私の前でも随分と態度が変わるのですね」


顔は営業スマイルのまま真は器用にも声だけ低くする。だが、周りの目があるから声は小さめだ。



「あれだけ挑発されれば、ね」


「いいんですか?」


「あ?お前も少し剥がれたしな。それに、一宮さんがどうも〝こっちの俺″がいいみたいでね。…ある程度手は打ってるし、そろそろいいかなと思って」



コロコロと態度を変える真に、悪い意味で心が躍る。



「ふふ…そうでないと、〝仲良く″とはいきませんもの」


「その割に自分は見せねぇけどな」


「あら、着飾ってるのを剥ぐのが男性の醍醐味ではないですか」


「ふはっ、よく言うよ。…あぁ、気を付けないと女からじゃなく男から痛い目見るぞ」



その言葉にクラス内を見渡す。

選択授業の席は自由。最前列から2列目3列目までを取るのは、大方勉強熱心なタイプだ。


その辺りの男子から嫌な視線が雛依を刺す。



「あれは……嫉妬。でしょうか……」


「妬みも入ってんな」



チラチラと自分を映される目には、黒く濁っている。



「…………なるほど。少し頭が良いからって全ての男子からチヤホヤされて、思い通りになると思ってんなよこのアバズレが。女が男の上に立つなんて恥知らずめ。次のテストでお前なんか抜かしてやる。見てろよクソアマ。と言った感じでしょうか?」



終始清々しいほど綺麗な顔で言い切った雛依に、真が少し驚く。



「…随分ボロクソに解釈したな。…まぁ、せいぜい気を付けな」



ポンポンと雛依の頭を撫でてから真は授業の準備に入った…。



ぽんぽん…と撫でられた頭に少しだけ熱が加わったのは、雛依だけの秘密だ。









「さて……なにが『一宮さんに英語を教えてもらう』なんですかね。授業最後の小テスト満点の黒井さん?」


「うるせぇよ。そう言う自分も満点じゃねぇかよ」


「質問されてもいいように、この授業中一生懸命教科書読んだからです」


「律儀なこった」


「おかげでさっきの男子からの視線がもっと痛くなりました」


「ふはっ、ごくろうさん。気付いてないようだけど、そもそも入学式で名前挙げられた時点で詰んでんの」


「???」



身に覚えのない話に首をかしげる。



「……〝一宮″って言えばわかるか?」



小さく、口の動きで判断したも同然なほどに声を抑えた真。



「……当主の話ですか?」



その名前を言ってはいけない気がして、伏せて話した。



「そ。お前の性格を知る前に名前が一人歩きしてる。…偏見を持たれたんだよ」


「でも、それだけでは妬みの対象には……、なりますね。特殊な力ですか……」



げんなりと首を垂れる雛依を一瞥して、口を開く



「……もしお前が当主で、特殊な能力を持ってて、声も出るとなれば妬まれてもしかたねぇよな。あいつらは家のブランドに死にも狂いで勉強してきたタイプだろうし」


「めちゃくちゃな……勘弁して欲しいです」


「まあ、無い物強請りが悪化したってやつだな」


「無い物強請りなら仕方ないです。人間、他者にあって自分に無い物を埋めようとしないと生きて行く楽しみが減りますからね」


「人間はすべて欲求で行動してるってやつか。おい。その言い方だと、捉え方によってはイジメを肯定してんぞ」



綺麗な事を言うのかと思いきや、的を外れた思考に真の方が軌道修正にはいる。

そんな真に雛依は悪戯っ子な笑みで続けた。



「自論ですが、狭い世界で生きてるんですからイジメがあっても仕方ないですよ。そのような世界なんですから、無くそう止めようなんて綺麗な大事は私には言えません。だから、残るのはそれを含めて人間を愛せる超人になるか、上手く回避するかです。」


「……」


「私は超人にはなれません。嫌なものは嫌。辛い思いも無駄に傷つきたくもありません」


「……」


「なので、こうなってしまったからには先手必勝ですね」


「……」


「話しかけてきます!」




こいつも権力を使い状況を打破するだけの女か、と密かに真の心が沈んでいた。

縦社会制度なのも理解していたが、こいつは違うと雛依に理想を求めていた。

飽きてしまっていたのだ。権力や意識が高いなどと言われている人間が。



「……………おまえの方がめちゃくちゃじゃねぇか」



意気揚揚に走り去った雛依の後ろ姿に頬が緩む。



「結局俺も無い物強請りか……」












「一宮さん、ここ分かる?」


「少しややこしいですよね。これは過去分詞になると意味が変わるんです。別紙の確かこの辺に……これです!ここに書いてある様に……」



前回授業後に話しかけていたのは知ってる。

だが、この前まで恨めしそうに見ていた男子と仲良く勉強している雛依の姿を目にして驚いた。



「一宮さんってよく勉強してるんだね。すごく分かりやすかったよ!」


「本当ですか?褒められると嬉しいです!中野さんは理解するスピードが方が早くて羨ましいです。予習を進めてる方だと思っていましたが、次は私が教えてもらうかもしれませんね」



妬みの原因は努力してない人間だと思われてたから。

ならそこを解消すればいい。おまけに笑顔で笑いかける。

すっかり誤解を解いた雛依を真は横目で眺めた。



「……昨日の今日で距離の詰め方がすごいな」



中野が自分の席に戻ると、呆れ半分驚き半分で真が話しかける。



「はい、守れるものは守っておきたいですから」



雛依が満面の笑みを浮かべる。



「俺はほっといていいのかよ」


「……黒井さんは、もう次元が違うので別問題です」


「ふはっ、手こずってんのな」



どこか楽しそうに笑う彼に、苦笑いが漏れる。



「昨日座った席で、暫くは確定しそうですね」


「あー…そうかもな。……なんだよ、俺が隣で不服か?」


「取り巻きの女の子を除ける為に、私を使うのを止めて頂ければ快適なんです、が…」



言葉が硬くなったのは、真がゲスな笑みを向けるから。



「この顔を見ても色めき立つ女子って何を見てるのでしょうかね?ちゃんと見て頂きたいです。このゲスな笑み」


「おい、心の声だだ漏れだぞ。…俺が隣でメリットだってあんだろ」


「…主に勉強ですね」


「結果、お前の役に立ってんじゃねぇか…逆にお礼を言われたいくらいだ」


「おやおや…、物は言いようですね」



そうして当たり前のように隣に座っている真に、雛依も同じように接する。

腹の探り合いや言葉遊びをしながらも、当たり前になりつつある日常がなんとも言えない喜びを与えていた。










「一宮は今日も休みな」



一転した選択授業。

クラスが違うから選択授業のみで分かる雛依の休み。……これで1週間だ。



「黒井君、ここの問題わかる?」


「あぁ、ここね。aとb、どっちでも正解だと思うから、たぶん先生のミスじゃないかな?」


「そっかぁ!先生のミスまで分かっちゃうなんて、すごいね!…私ねぇ?英語不得意だけど、黒井君が選択したから私もとってみたの!だから、こうやって毎日教えて欲しいなぁ~」


上目遣いで真を覗き込んでくる。


この『私もとってみたの』の言葉の中には、徐々に出来上がってきている校内権力において、誰かから席を譲ってもらう…即ち勝ち取る。言い方を変えれば、力に物を言わせブン獲って来たのだろう。


なにが『だから』なのかさっぱり理解できない自己中発言。



(あいつなら、自分だけの望みなんて押し付けてこない…)



いつもいるはずの雛依は今日もいなくて、代わりに日に日に強くなる臭いの元がいることが無性に腹を立たせた。

取り巻き云々より、雛依が居ないことに気持ちが沈み、そのことに腹を立ててる自分に腹立たしくなる。



(香水くせぇ)



あいつはこんな鼻に付く匂いじゃなかったな…と比べてしまう。



授業終わりに評価点を稼ぐと共に、雛依の休みの理由も聞けば体調不良だと言わた。



「流石だなぁ黒井……選択授業でもクラスメイトのことよく見てんな」


と、褒められても包んで優等生を演じる。


体調など壊すようには思えないが、この時ばかりは連絡先を交換しなかったのを酷く後悔した。








ーーーー


いつもと違う選択授業に落ち着きがもてない。



(なにやってんだよ…)



解けない問題が出てきたのに、お前は隣にいない。








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