香る花びら。
凛聖学園高等学校。
綺麗な門を潜り、中庭を貫通して、地図に描かれた職員を目指す。
「今年度からお世話になります。一宮 雛依です…」
ノックをし、職員室に入り、綺麗な笑みを貼り付け、口々にされる軽い挨拶を交わす。
「お会い出来て光栄です。今学年主任の川野辺 静夜です」
ニッコリと微笑んだ静夜。
短髪の黒髪が、彼を好印象にさせた。
「お分かりかと思いますが、校内にいる限り地位や権力は無効となります」
「ふふ、存じております。それに、もともと上下関係にはあまり興味がないので…」
雛依が鈴のような笑みから困ったように笑えば、静夜との間に流れていた硬い雰囲気が和らぐ。
「一宮さんが素敵な人で安心したよ。今日来てもらったのは、知っての通り入学式についてなんだけど……あぁ、いいタイミングだ」
と、雛依が越しに職員室のドアを振り返る。
「失礼します。今学年度入学の黒井 真です」
静かな音と共に職員室に入って来たのは、七三分けが似合いそうなお坊ちゃんだ。
「黒井くん!こっちだ。…いやぁ、時間通りで助かるよ」
彼の中でトントン拍子に事が進んでいるんだろう。
微笑みながら真にも雛依と同じ様に挨拶を交わす。
「こちらは一宮雛依さん。一宮さん、黒井真君だ。……実は入学式の新入生代表の挨拶を学年首席がするんだけど、今年は君達2人が首席でね……」
「あぁ、なるほど。どちらにするかの相談だったんですね」
歯切れの悪い静夜に、にっこりと人の良さそうな柔らかな笑みを真は浮かべた。
「あらっ、それなら……黒井さんさえ良ければ、お願い致します」
雛依の黒く長い髪が揺れる。
嫌味のない声色に、弾かれた様に雛依を見たのは真だけではなく、静夜もだった。
「僕はむしろ光栄だけど……」
真は困った様に眉毛を寄せる。
その表情が可愛い動物みたいで、愛でたく、彼の喜ぶようなことをしたくなる……そう、まるで母性本能をくすぐられる感覚に陥る。
「女性は男性を立てるものだと教えられてます」
急な話に戸惑う真に、雛依はふふ…と聞こえてきそうな笑みと言葉を続けた。
「それに、こういったものは女の私よりも、男性がされた方が締まります」
ねっ、と押すように静夜に会話を振る。
「まぁ、一宮さんもこう言ってるし…黒井君どうだ?」
「お2人がそう仰るなら…断る理由がないですね」
真は困りながらも、笑みを浮かべて新入生代表を受け負った。
「一宮さん!」
話も終わり、帰ろうと階段を降りていると、背後から真に呼び止められる。
「門まで送ります」
「ありがとうございます。…黒井さんはこの後も学校に?」
唐突の真の申し出に、少し驚きつつも快く受けた。
鞄を持ち、帰るスタイルの雛依とは対象に真は身一つ。
「あぁ、このまま書き上げちゃおうと思ってね」
「なんだか無理矢理押し付けてしまった気がしてたんですが……大丈夫でしたか?」
「ん?あ、いや、全然大丈夫だよ!むしろせっかくのチャンスを、一宮さんこそ僕に譲ったりして良かったの?」
「私は……恥ずかしながら、あまり人前に出るのが得意ではなくて…」
「そんな申し訳なさそうにしないで。僕は光栄なくらいですから。お礼を言わないとって思ってたくらいだよ」
そう言えば!と真が広場に着いた足を止めて、雛依と向き合う。
「自己紹介がまだでしたね。黒井 真です」
「一宮 雛依です。……仲良くしてくださいね」
スゥっと細められた雛依の目。
どうしても先ほどから気になっていた。
気付くか気付かないかのスレスレを渡る、彼の計算紛いな言動。
第一印象において、好き嫌い程度は3秒で決まると言われている。
そして今後も影響する印象は、4分で決まると……。
鼻に付く点が一つもないのだ。
完璧すぎる程に、『綺麗な坊ちゃん』を彼はこなしている。
猫みたいに目を細めて笑う雫に、真は目を微かに鋭くした。
「ふっ、一宮さんって面白い人だね。僕も一応男だから、そんなことを言われると意味有りげに思っちゃうな」
段差、気をつけてね…と、エスコートする彼に、雛依の笑みが深くなる。
「黒井さんったら…ふふ、お言葉がお上手なんですね」
歪む口元を隠すように手を添えて、真にエスコートされる。
「そんなことないですよ。それにほら、一宮さんは靡いてくれないみたいだし」
器用にも真は鋭さが活きたままお茶目に笑った。
「そんなことも…、っ!」
驚いた。
雛依は驚いたのだ。
パーソナルスペースに進入するように顔を覗き込んだ真に、驚いて雛依は足を止めた。
「……え、」
軽く始めた言葉遊び。
覗き込まれた黒い瞳に、何か地雷を踏んだかと会話の内容を遡り咀嚼するが、このくらいで怒るような相手ではないのはこの数分で分かっている。
では…と改めて考え、もしや相手を間違えたかもしれない、と雛依が少し弱気になったのは今までも、これからも彼だけだろう。
「…一宮さんこそ、肩の力抜いてよ。俺に気なんか遣わないで……仲良くしよう?」
彼の声に、どこまで低音が出るのか気になったのは何故だろう…
「…………」
覗き込まれた目に、微かに漂う狂気。