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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

密着取材

作者: haitaka

 世の中、物騒な時代になったものだ。

 今や様々な犯罪がメディアで取り上げられるようになった。また、自らその行為を動画として投稿し、評価を求める者まで増えて始めてきた。

そんな影響もあってか、犯罪者を主役とした題材の映画やドラマも増えてきている。最近になってはニュースやワイドショーで、犯罪者と電話で中継し、生の声を聞くコーナーさえ設けられる始末だ。

 自分も何度かそう言う輩と対話したことがある。言うまでもないが、相手は皆、何かしらの犯罪を犯した者ばかりだ。しかも未だに逮捕されていないのが大半を占めている。

 それにしても、なぜこんな事が出来るのだろうか。

 それは至極単純で、「~の係まで」と、犯罪者、またはこれから犯罪を決行する者。しかも、その中で「目立ちたい」「評価されたい」「共感されたい」などという犯罪者をターゲットに、メディアがお誂え向きに餌を垂らしているのだ。

 宛先には郵便番号、住所は不要。その代わりに電話番号を記入して応募してもらうことが条件となっている。

 ある人は携帯電話、ある人は公衆電話と、その手段は様々だ。時間指定をしてくるのも中にはいた。

 その犯罪者達曰く、犯行の動機や手口などは様々で、視聴者からするとそれはすごく新鮮なものだったりする。これをきっかけに視聴率が上がった番組もあるくらいだ。それほどまでにこの犯罪者の生の声というものは刺激的で、かつ視聴者を釘付けにするものなのだろう。

 そんなある日、大きな仕事の依頼が舞い込んできた。危険な仕事だと理解していたが、私は二つ返事で引き受けた。

 それは犯罪者に直接会い、長期にわたって取材するという内容だった。言わば密着取材ということだ。

 取材期間は1ヶ月。相手は今もなお人を殺め、逃走を繰り返している、無差別殺人犯とのこと。その話を聞きクライアントが私を元へ尋ねてきた理由が理解出来た。

 私はフリーランスのライターなのだが、何処かの局に所属している人に任せて、もし取材相手の機嫌を損なわせるようなことがあったら、その組織の損失に繋がりかねない。

 しかし無所属なら、たとえどんなことが起こったとしても自己責任で済むからだ。簡単に言うと捨て駒というわけだ。なんとも分かりやすい話だ。

 それでも、引き受けるのには、こっちにもそれ相応の利益があるからだ。報酬も手に入るし、その以上に、そことの繋がりが出来る。さらに言えばそこから他の依頼が来るかもしれない。つまり、利害が一致しているということだ。

 ある程度の計画と、今後のやり取りを済ませてから数日が経ったある日、俺の元に住所と時間が殴り書きされた手紙が送られてきた。その住所元は公園を指していた。どうやら、この時間に今回の取材相手が待っているのだろう。

 私は筆記用具とメモ用紙、それとハンディカメラをバッグに詰め、足早に向かった。しかし、自宅から近いということもあり、意外と早く着いてしまった。

 そこはのどかな公園だった。まだ日傾いてない時間帯というのもあり、子供たちが賑やかに遊び、夫婦とも恋人ともとれるような男女がベンチで手をつなぎ笑顔で話をしている。これ程までに「平和」という言葉が似つかわしい場面など他にはないだろう。

 そんなことに現を抜かしている時だった。背後から私を呼ぶ声がした。

振り返るとそこには男が立っていた。

 長袖の上から上着をはおり、ジーパンにスニーカーと、何処にでも居そう格好をしている。

 男は軽い挨拶と自己紹介を済ませ、私に笑顔を見せた。そのさも当たり前のような光景に、彼が犯罪者だということを忘れてしまうほどだった。それほどまでにその時の彼は自然体だった。

 ただ、時たま見せる彼の顔が、目が、行動が、俺の本能に危険信号を出していた。電話だけでのやりとりとは違うと予想はしていたが、それを遥か越えていた。私は甘く見過ぎていたのだろう。

 いつの間にか俺の顔が険しくなっていたのか、男が心配そうにこちらを見ている。

「そんなに身構えないでください」

 犯罪者に気を遣われながら、私は彼の自宅へと案内してもらった。

 男と出会い、取材を始めてあれから半月がたった。

 衣食住共にとまでは言わないが、大半の時間をこの男と過ごしている。彼の私生活はありふれた何処にでもあるような風景で、少し味気ないものと感じてしまったが、彼の殺人行為はそのありふれた日常の中に突発的に起こるものだった。男曰く、「これには法則がある」と言っていたが、俺には理解できなかった。

 殺める相手は、老若男女問わずで、取材を始めてから既に5人の命が摘むがれた。その時の彼の表情は無邪気そのもので、子供が遊具で遊んでいるかのようだった。その光景に初めは抵抗があった。言うまでもない、目の前で人が簡単に殺されているのだから。あまりの嫌悪感に嘔吐した時もあった。それほどまでに彼の行為は私の目には残虐的に見えたのだった。

 ただ、1週間もそんなものを見続けたあたりから、麻痺したのか、それにも慣れてしまった。それどころか今や、どのように撮影すればより、視聴者を釘づけに出来るか。彼のこの犯罪を理解してもらい、共感してもらえるのだろうかと頭を巡らすようになっていた。

 ある時、これから殺される人間が私に助けを求めた時があった。藁にもすがる思いだったに違いない。しかし、私はカメラ越しにそれをとらえ続けることに専念した。その人に対して何も感じなかったのだ。俺もだいぶ壊れてしまったのだろう。この取材を終えた時まで俺は正気でいられるのだろうか。

 最終日の朝。私は別れ際に映像を一緒に見ることにした。今後、この男とも会うことはないだろう。その記念にという気持ちでもあったのだろうか。

 映像を振り返りつつ、今までの取材経験の中で最も長く感じ、危険で、様々な勉強になった仕事だと思った。

 一方、男は感想も何も言わず見つめ続けていた。満足してもらえるかは定かではない。

 最終的に取材を終えた日までに、彼は計10人を殺害した。その間、彼が殺害した事件がニュースに取り上げられていた。

 彼が趣向を変えて公の場に捨てた8人目の被害者のものだった。その時彼は他の局と電話中継をしていたことを私も覚えている。

 彼の自宅を後にし、無事帰宅した翌日、俺は依頼をくれた局に向かった。そして取材時に撮影したデータと調書をクライアントに渡し、多額の報酬を受け取り帰路についた。ようやく仕事を終えた実感がした。数日後には、その成果が全国に配信されることだろう。きっと上手くいくだろう。そう思うといつもより足取りが軽く感じられた。

 何食わぬ顔でテレビのワイドショーにチャンネルを合わせた。今日がその取材中継が報じられる日だった。

 フェードインするように「犯罪者密着取材」というタイトルと共に私の取材した映像が流れだし、アナウンサーが騙り出した。

「この映像は今年度最も残虐でかつ行動が不明とされている犯罪者を1ヶ月間取材したものです。取材者曰く、この殺人犯はこの期間だけで10人もの罪の無い人々を殺し続けたとのことです」

新人なのか、深刻そうに喋っているがまったく耳にはいってこないアナウンサーの騙りを眺め私は思わずほくそ笑んだ。

「10人…ねぇ」

誰に聞かれるでも無い独りごとつぶやいたことに気づき、あまりのおかしさに腹を抱えて私は笑った。

 実のところを言うと、まだ取材を続けているのだ。相手は言うまでもないが、連続殺人犯だ。今現在このテレビ中継を共に見ている。

 けど、私は彼と何か話をしたいとか、聞きたいことは特に無かった。彼もきっと同じことを考えていたに違いない。いや、喋りかけること無いといった方が正しいか。

 さて、何時までこの茶番めいた取材を続けていようか。いい加減飽きてきた。それにこの辺でこの取材を打ち切らないと今度はこっちが取材を受ける番になりかねない。いや、それも悪くないか。せっかくだから例の犯罪者と電話中継にでも応募しようか。

 そんな事を頭で巡らせながら、俺は床に転がっていた、どす黒く爛れた男の頭を小突いた。


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