食べたくなって
突然、という言葉がぴったりだった。
「あら、どうしたのよ、いきなり?」
台所に入るなり、セツナは目を丸くした。彼女の視線の先にはエプロンをつけたジュノーがいた。
「あ、これ?」
クマの顔がでかでかとアップリケされたエプロンを引っ張る。違うわよ、とセツナは首を振った。
「あんたが台所でなんかしてるってこと」
アンドロイドである二人はエネルギー源の糖タブレットと冷却水があれば充分に動くことができた。だが、人間の食べ物を好む彼らはよく台所に立ち料理をしていた。主にセツナが、だったが。
担当が違うじゃない、とセツナはジュノーと交互に指差す。そんな彼女にジュノーはにぱあ、と笑って見せた。
「んーん、突然、何となく食べたくなって」
ドーナツ、とその言葉を出した途端、セツナはがっくりとした顔になった。彼が指差しているのは大量の生地だった。
「片付けまでちゃんとやるのご料理だからね」
わかった?と念を押すと、はあい、とうきうきとした返事が返ってきた。
ードーナツ、ドーナツ。サックサクのホロホロー、お腹の友達僕らのドーナツ。
何年、いや何十年も前のメモリがよみがえる。それは、即興したドーナツの歌。懐かしい歌を口ずさむ。
油の温度を確かめる。うん、適温。
そっと浮かべる。ジュワアアアアッとリズムに合わせて油も歌い出す。
ぷかり。きつね色にこんがりとしたドーナツが浮かび上がる。トングでそれを紙を敷いた皿に次々と取り上げていく。
「…ここでしっかり油をきって、と」
ちょっとしたコツ。でも美味しくなる魔法。
大皿はすぐにドーナツで一杯になる。
「粉砂糖をふって、完成!」
一つ取ってかじる。あの味には届かないけれど。久々に作ったわりに美味しかった。
その夜。夕飯を作ると台所に立ったセツナは絶句した。
片付けられてはいた。油の処理もきちんとされていたし、何かが散らかっていたわけでもなかった。
皿だけがドーナツで全部使われていたことを除いて。
しばらくの間、ドーナツ作り禁止令がジュノーに出されたのだった。