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「……呪い?」

 ぽかんと繰り返して、ロッテは視線をユーリーに移した。

「お知り合い?」

「はえっ?」

 素っ頓狂な声を上げて、骸骨は首を振った。

「し、知りませんよ」

「だってなんか、それっぽいこと言ってたわよ」

「えええ?」

 こいつに聞いても埒があかない。素早く判断して、ロッテはベルベルとか名乗る相手に訊ねた。

「ちょっとどういう意味よ。あんたこいつの関係者?」

 どこへ向かって声をかければいいのかわからないから、とりあえず大きく声を張り上げる。少し沈黙が落ちた後、返事が返ってきた。

「その者はあたくしを侮辱したのよ。だから罰を与えたの」

「どんな罰?」

「見ての通りよ。ご覧、その醜い姿を。どれほど美しかろうと、そんなふうになってしまっては誰にも見向きされないわね!」

「う、美しい?」

 傍らの骸骨にはあまりに不似合いな形容を聞いて、ロッテは面食らった。まあ今は骨でも、生前はハンサムだったのかも……元の顔を想像しようとして、挫折する。とても無理だ、想像力の限界を超えている。

 しかし今はそんなことが問題なのではない。すぐに気を取り直して、余計な思考を脇へ押しやった。

 ベルベルの言葉を整理すると、ユーリーがこんな姿になったのは、彼女を侮辱した罰に呪いをかけられてしまったということらしい。それが本当なら、

「……ひょっとして、ユーリーってまだ死んでないの? 生きてるの?」

 てっきり死んでこの姿になったのだと思っていたのに、呪いで姿を変えられたのだとしたら、彼はまだ生きていることになる。

 ああ、そういえば。ユーリー自身、自分が死んだという実感はないと言っていた。それに考えてみれば、十日やそこらでここまで綺麗な白骨状態になるわけがない。死後何年、何十年と言った方がふさわしいくらいの姿だ。どうしてそのことに気づかなかったのだろう。

「そうよ。あたくしは寛大だから、命だけは赦してやったの」

 傲慢な口調に、ロッテは急に腹が立ってきた。何が寛大だ。呪いなんてかけておいて。こんな姿では死んでいるのと変わりないではないか。いや、死ぬよりひどいかもしれない。

 いまだ姿を見せない相手が無性に許せなくて、自分でも驚くほどきつい声が出た。

「どんなことがあったのか知らないわよ。でもこんな真似していいと思ってるの? あんた魔女だって言うんなら、もっと誇りを持ちなさいよ。これじゃあ無責任な連中の噂と同じじゃない。気に入らない奴がいたら呪いをかける? 魔法使いってのは、そんなに短絡的でくだらない存在なの!?」

「お、お嬢さん……」

 ユーリーまでがたじろぐ迫力だった。声は低く抑え気味なのに、かえって凄味があった。ロッテは本気で怒っていた。

 何がいちばん許せないのだろう。

 ユーリーを苦しめたこと? それとも、呪いという悪い魔法を使ったことだろうか。

 呪いなんてものはな――いつだったか、師匠が言っていた。ゼップルじいさんは魔法使いのくせに滅多に魔法を使わなかったが、なかでも呪いは完全に否定していた。

「呪いは相手にかけるもんじゃないよ。必ず、同じだけのもんが自分に返ってくるんだ。形は違ってもな。自分自身を呪っているようなもんさ」

 まだ小さかったロッテには、師匠の言いたいことがよくわからなかった。

 けれどじいさんが悪い魔法を一切使わなかったことは、誇れることなのだと後になって理解した。どんな理不尽な目に遇っても決して人を恨まず、よいことだけをして、悪いことはしない。そんな師匠だったから、ロッテは今胸を張って言えるのだ。魔法使いは決して怪しい存在なんかじゃないと。

 なのに。

 呪いをかけてやったと、堂々と宣言する魔法使いが、ここにいる。

「顔を出しなさいよ。どんなばかなのか見てやるわ」

「な……何よ」

 ロッテの怒りにひるんだのか、急にベルベルが勢いを失った。言い返す声に、ひどく子供っぽい響きが混じった。

「あなたには関係ないでしょう。どっか行っちゃいなさいよ!」

「出せないの? ふん、自分にやましいところがあるから、姿を見せられないんでしょう。こそこそ隠れて影からいたずらするくらいしかできないのね、卑怯者。侮辱されたなんて言っても、本当のところはどうだか怪しいもんだわ」

「な……」

「案外魔女ってのも嘘なんじゃないの? 本当はあんたこそ醜い化け物なんでしょう」

「違うわ! あたくしは本当に魔女よ!」

「へーえ、こんな卑怯者の魔女がいるなんて、驚いたわ。魔法使いはもっと立派な人間だと思ってた」

「う……うるさい!」

 あからさまな挑発に、いたって素直に相手は乗ってきた。これならいけそうだ。ロッテは頭の中で素早く作戦を組み立てながら、後ろの連れに叫んだ。

「走るわよ!」

「えっ、ええっ?」

 いきなり走り出したロッテの後を、一瞬遅れてユーリーが追いかけた。さらにその後ろから、どこかのんびりとアルがついていく。最後にベルベルの怒りの声が追いかけてきた。

「逃がさないわ! あんたなんか、追い出してやるんだから!」

 走るロッテの前方で、壁に這っていたツタがぐにゃりと動いた。壁から離れ、まるで意志を持つ生き物のように襲いかかってくる。ロッテは横に飛んだりしゃがんだりしてかわした。かわしきれず絡みついたツタに、ユーリーがあわてて飛びついた。

「どっ、どうするんですか、あの人怒っちゃいましたよ」

 うねる茎を引きちぎる。あり得ない動きを見せても、ツタはツタのままらしかった。

「怒らせたのよ。いいからついてきなさい」

 ツタの残骸を払い落として、再びロッテは走り出した。後ろでまだツタが動いているが、ロッテにはもう届かない。逃げていく獲物を悔しげに見送っているようだった。

 ――ふと、気づいたことがある。

 もしかしたら――そんな予感を抱きながら、ロッテは遺跡の奥へと進んだ。




 師匠が元気だった頃、薬草を取りに来たついでにこの城の歴史も教えてもらったロッテは、中を探検したいと言い出した。じいさんが一緒だったから怖くなかったのだ。危ないぞと言いつつじいさんはロッテを連れて中へ入ってくれた。ひととおり見せてやれば好奇心も満足して、一人で入り込む心配がなくなると思ったのだろう。

 だからロッテは、少しだけこの遺跡の内部構造を知っていた。記憶を頼りにいくつもの角を曲がる。ベルベルはどう出るつもりなのか、あれから何か仕掛けてくる気配はない。

 けれど後を追いかけてきているのはたしかだった。間抜けなことに、おもいきり足音が響いているのだ。軽い、どこか頼りない足音だった。一度など派手に転んだらしい物音と悲鳴まで聞こえてきた。

 どうも、仕掛けるつもりがないのではなくて、その余裕がないらしい。

 好都合だ。ロッテはわざと大きな声で言った。

「こっちよユーリー。入って」

「こ、ここは?」

「厨房だったみたいね」

 彼らは大きなかまどの残る部屋に飛び込んだ。この辺りはほぼ原型をとどめていて、壁も崩れていない。そのせいで暗かった。窓はツタにふさがれているので、あまり明かりが入ってこないのだ。部屋の隅には地下の貯蔵庫への入り口が大きく口を開けていた。ロッテは手招きしてユーリーをかまどの陰に誘った。

「あのう、僕思うんですけど、あのベルベルって人もしかして……」

「それは後でね。まず先に」

「はい?」

「ユーリー、この、下よ!」

「はいっ? て、わわわ、やめてーっ!」

 二人の声は城の中に大きく響いた。それは追手の耳にもはっきりと届いただろう。ほどなくして、息を切らせて厨房に入ってきた人影があった。小柄な人影は暗い室内を見回し、地下への入り口を見つけるとすぐにそちらへかけ寄った。

「ユ、ユリアン様?」

 穴の際に立って覗き込む。さっきとは打って変わって心配そうな声だった。かまどの陰からそろりと抜け出して、背後に忍び寄る者の存在にも気づいていない。彼女がようやく気づいたのは、すぐ後ろでせーのと呟く声がした時だった。

「え?」

 振り向こうとした背中に、

「うりゃ」

 軽いかけ声とともに蹴りが入れられる。

「あ、あ、あああーっ」

 前へ倒れた彼女を受け止めてくれる床はない。悲鳴を上げながら、魔女は穴の中へ転落していった。

「うわあ……容赦なし」

 蹴り落としたロッテの後ろから、おそるおそるユーリーもやってきた。

「危ないですよ……怪我させちゃったかも」

「大丈夫よ。この下、キノコがいっぱい生えててクッションみたいになってるから」

「詳しいですね。ひょっとして経験ありとか?」

「聞かないで」

 二人の声に悲鳴が重なった。先程とは比べ物にならない絶叫だった。

「いやああぁーっ!!」

「なっ、なにっ?」

 ロッテは静かに笑った。

「ふ……ここの恐ろしさはね、深さだとか、そんなものじゃないのよ」

「はあ?」

 たいまつ代わりになりそうな木切れを見つけて、ロッテは拾い上げた。ついさっきユーリーをおどし、悲鳴を上げさせたマッチで火をつける。明かりが穴の中を照らした。

「いやーっ、いやーっ、助けてぇっ!!」

 狂ったように暴れている少女の姿が見えた。

「やーっぱり子供だ」

「ええ、そうじゃないかと思いました」

 二人に驚きはなかった。妙に若すぎる声、あの物言い、そして簡単に挑発に乗ってきたこと……多分、ベルベルは子供なのだろうと、二人とも予想していたのだった。

 ロッテよりも年下に見える少女は、腕や脚を夢中で振り回していた。

「あれって……」

 ユーリーは身を乗り出した。ベルベルの身体に、何か大きくて黒いものがたくさんくっついていた。それらはどうも、わさわさと動いているようで……。

「これであの子も一生忘れられないわね」

 その言葉に、ユーリーは全てを悟った。

「あー……とりあえず、引き上げてあげましょうか」

 穴の底で暴れているベルベルを指さす。混乱するあまり魔法を使うことも忘れているようで、彼女はひたすら泣き叫んでいた。

「もう助けるの? あんたをそんな姿にした奴なのに。先に呪いを解かせたら?」

 ユーリーは首を振った。

「詳しい事情はまだ聞いていませんし……それに、可哀相ですよ」

 そう言ってさっそく身をかがめる。梯子はとうに腐り落ちてなくなっていたが、ユーリーの身長ならさほど苦労せずに出入りできる程度の深さだった。

 穴の中に飛び下りた彼は、すぐさまベルベルを抱き上げた。身体についた虫を払い落としてやり、背伸びして床の上に押し上げた。ロッテも手を貸してやった。

 ようやく助かったベルベルは、そのままわんわんと大声で泣き出した。改めて近くで見ると、本当に幼い。多分十歳くらいだろう。大人みたいに髪を結い上げ上等そうなドレスでおしゃれしていたが、顔がぐしゃぐしゃなのでだいなしだ。

 まあその気持ちはよーくわかる。ロッテはため息をついてハンカチを取り出し、ベルベルの顔を拭ってやった。

 ユーリーが穴から上がってきた。マントにくっついてきた虫を、女性陣に気づかせまいと素早く穴に戻したのを、ロッテは横目で見ていた。

「明るい所へ行きましょう」

 短くなった木切れを落とし、火を消して、ロッテはそう言った。

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