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1-8

「諦めきれないのなら願え。そうすれば奈々子だって、永遠にお前のものだ」

 口の端が痙攣する。胸の奥で渦巻く感情を無理やり押し潰し、右腕でスピカの手を振り払った。途端に胸の中でとぐろを巻いていた甘言へびも溶けて消える。

「奈々子とそんな俗物的な感情を繋げるな」

 吐いた息が熱い。自分の怒りで体の奥から焼いてしまいそうな熱に駆られながら、幸太郎はスピカと向き合う。

「そこまで神聖視したがるとは、お前にとって奈々子は神か?」

「得体の知れない口で彼女の名前を呼ぶな。今度こそ絶対に君のことを許せなくなる」

「思いの外怒りっぽい人間だな。第一印象とは大きくかけ離れている」

 起伏の見えない話し方で感慨を漏らすスピカと打って変わって、幸太郎の息は荒い。

「どのみちお前はもう逃げられん。その幸福が顕現するまで、私は悠長に構えさせてもらうからな」

 余裕の響きすら感じるスピカのセリフで、幸太郎は一度心のブレーキを踏んだ。大きく息を吸ってゆっくりと吐き出す。熱く脈打っていた心臓が少しづつ落ち着きを取り戻す。

「勝手に言ってろ」

 ゆとりすら感じる面構えをしたスピカに吐き捨て、幸太郎は踵を返す。

 目の前に、見知らぬ男の顔があった。反射的に幸太郎はのけぞる。男の後方では女が肩を上下させながら男を追いかけているようで、幸太郎は直感的にひったくりだと察した。

「どけ!」

 人間一人がなんとか通れる道に二人がすれ違えるほどの余裕もなく、虚を突かれた幸太郎は力任せに横へなぎ倒された。重心のバランスが大きく崩れてたたらを踏みながら後ろへ倒れ込む。背中であらゆるものがひしゃげる音を聞きながら、幸太郎は歩道橋の手すりにもたれかかった。視界の端ではひったくりの男が駆け抜け、階段を下りていた。

「なんだったんだよ一体」

 不機嫌さを隠すことなく言葉を投げ捨て、体勢を立てるために一層重心を背後へ。その瞬間、幸太郎の背中を支えていた重みが消失した。

「え?」

 間の抜けた声が漏れる。何が起こったのか認識するより早く、幸太郎の視界はがくんとひっくり返る。掴もうと伸ばした手は虚しく空をつかみ、重力の糸に引かれるまま頭から落ちた。

 時間の流れがやけに遅い。落下の中で、幸太郎はぼんやりと感じた。

 横合いから強い光を感じる。大型のトラックだ。運転手も予想できていなかったのだろう。蒼白な顔をさせながら、必死にハンドルを切っている。

 嗚呼、と幸太郎は察した。

 ――僕は死ぬのか。


一回の更新でどのくらいの文字数がベストかって境界が未だによく見えません。ですが、更と読める(んじゃないかなあと個人的に思われる)1000±300文字くらいにしておりますが、皆さんの感想といたしましてはどうでしょうか? ご意見いただきたいものです

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