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1-7

「幸福に沿った異能力をお前たちに授け、それで同じような境遇の人間たちと戦争をしてもらう」

 不覚にも、幸太郎はスピカの物言いに呑まれた。苦し紛れに、せめてもの反撃のつもりで幸太郎は言葉を搾り出す。「良くも悪くも骨まで平和が染み込んだ僕たち日本人に戦争なんて、大それたことができるとは思えないけど」

「やるさ」

 その自信はどこから来るのか、既に決まっている事柄をなぞるようにスピカは力強く話した。

「人間の歴史とはすなわち生きるための進歩の歴史といってもいい。そして生きるための進歩とは、戦争でいかに敵を多く殺し多くの物を生産して先んじることができるかという歴史に他ならない。お前たち人間は、生きている限り本能の奥では戦争から逃れられん運命だ」

「随分と大げさな設定だな。話はこれで終わりか」

「そうだな。いくつかもっと詳しく言っておきたい部分はあれど、これで大体説明した」

「ふうん……」

 醒めた言葉を返し、幸太郎は明後日の方角を指差した。「じゃあ帰れ。話は聞いたぞ」

「お前は阿呆か。私がお前の幸福をひとつ叶えてやると言ったんだ。言え。それを体現してやるから変わりに戦争に飛び込め」

 煩わしくなってきた幸太郎は後頭部をかきながら喚く。「帰ってくれることが僕にとっては最高の幸福だから今すぐ帰ってくれ」

「私が帰ったらお前は戦争に参加するのか」

「するわけないだろ」

「なら私だって帰るつもりはないぞ」

 これ以上取り合うつもりのない幸太郎は背後から追いすがるスピカに構うことなく歩道橋を昇る。柵の簡単な補強工事をしているらしく、スペースを仕切るために立っているコーンのせいで交通の制限が著しい。一人が通れるかどうかの際どい幅を、幸太郎はせっせと歩く。

「できることとできないことはあるものの、お前たち人間が考えうる個人で解決する殆どなら私たちの力で叶えてやれるぞ」

 構うものかと意志を固め、スピカの言葉を蹴り飛ばす勢いで足を前に。


「あの写真の中にいた少女に関することだって、私の力があれば叶えてやれるぞ」


 幸太郎の足が止まった。何を言われても止めないと思っていたはずの両足が、たった一言で地面に縫い合わされた。

「奈々ななこは関係ないだろ」

 スピカに背を向けたまま、幸太郎は震える声で反論する。大岩を無理やり押すような苦しい響きが歩道橋から車道に零れ落ち、車たちに踏まれて砕け散った。

「あの娘は奈々子と言うのか。いいことを聞いたぞ」

 スピカの言葉で構成された蛇が、動けない幸太郎の足にまとわりつく。

「奈々子はお前にとってどんな存在だったんだ? 写真にしていつまでも見ていたいくらいに、大切な存在だったんだろうなあ」

 蛇の目が眩しく光った。ずるずると言葉の蛇が幸太郎の脚を這い上がる。口いっぱいにカスタードクリームを頬張った胸焼けにも似た感覚が水月を焦がす。

「あの娘が欲しいのか? お前がそれを幸福とするなら、私は最大級の力で手伝ってやる」

 蛇が脇腹から身体に入り込む。背筋が凍る音を立てながら上を目指す。

「あの娘をどうしたい? 言ってみろ」

 いつの間に近づいていたのだろうか、幸太郎の肩にスピカの手が乗った。幸太郎の体が一気に硬直する。身動きの取れない隙をついて、言葉へびが心臓に巻き付いた。軋んだ音を立てながら、幸太郎の心が収縮する。


前回忘れた話のネタを思い出しました。みなさん、トンデモ理論はお好きですか? 僕は大好きです。絶対に不可能レベルの事なんだけど、なんかすごくそれっぽいこと言ってる感が面白くて好きですね。俗に言われるゴリ押しですが、その無理矢理感がまた好きです

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