1-1 スピカ
インターホンが鳴った。ピン、ポーンと室内に電子音が跳ねる。寝そべりながらゼミの参考文献に目を通していた長谷川幸太郎は、ゆっくりと壁にかかっている時計に目を移した。現在の時刻は、午後十時を回っている。
「もうそんな時間か」
ぼんやりと漏らし、時を同じくして眉の形を歪める。こんな時間に誰だ。
モラトリアム絶頂を走っているため社会人としての常識を知り尽くしているとは言い難い幸太郎ですら、この時間帯に誰かの家を訪れることがいいことではないということくらいはわかっていた。通販を頼んだ覚えはないし誰かと会う約束をしていたわけでもない。幸太郎としては、訪問者の心当たりは皆無に等しかった。ベッドに寝転がりながら、あれこれと可能性を浮かべては丁寧に塗り潰す。やはり何度思い返しても、非常識的な時間に誰かが来る理由は見出せない。そんな幸太郎の脇腹を蹴って急かせるかの如く、二度目のインターホンが六畳のリビング兼ダイニング兼寝室に響いた。
「こんな時間に誰だよ」
呟きながらベッドから離れる。もし来者がゼミの同期で課題の解答をせびってきたら叩き返してやろう。強く決心してドアノブに手をかける。
――わお。
ドア越しに待っていたのは軽薄な笑みを浮かべたゼミの同期ではなく女だった。さらに要素を加えるとしたら、その女が現実感を疑いたくなるほどに透き通った美貌を持っている。
「はじめまして。私の名前はスピカ」
「あ、長谷川です」
勢いで名乗ってしまったと内心後悔しながら、どうせアパートの表札にも苗字程度なら載せているしいいかと考え、幸太郎はスピカと名乗る女の観察を始めた。
ハーフだろうか、芯の通った鼻は高く整っている。身長も幸太郎と勝るとも劣らないくらいの目線であろう。幸太郎自身は身長一七三センチとさして高くないものの、女だということを考えると十分に長身だ。モデルでもやっているかのように流麗な曲線がシャツとジーンズという簡素な服からでも伺える。この肉体は、純日本人には難しい。名前から考えても、何かしら異国の血が入っていることはほぼ間違いないだろう。
――なにより。
幸太郎は視線を移す。髪が白い。腰まで伸ばした白い髪が、彼女の非現実性を大きく主張していた。
頭頂からつま先まで視線を三往復させて、幸太郎は素直に「美人だ」と心中で漏らした。きっと芸術品としてどこかに飾っておいてもいい。それほどにまで、スピカの存在感と美しさは浮世離れしていた。
お久しぶりです。この作品は公募関係なく好きなように書くので、すんごく長くなるかもしれません。それでも、最後までみなさんにお付き合いいただけたらなあと思います。ともあれ、今作もよろしくお願いします