2-8
「えっと、どこまで話したんだったか」
話の中間地点を見失った俊和に幸太郎が助太刀をよこす。「思考実験云々の話だよ」
そうかそれだと相槌を打って、俊和が話を続ける。
「さっきも話したように、彼の思考実験によってお前の言っていることはおかしいと言える。どれだけ人間を構成する元素をきっちり集めたところで、人間の体をそっくりそのまま組成させることは不可能だ」
俊和の結論に、スピカは澄ました顔で答える。「それはあくまで、お前たち人間の中にある常識だろ。お前たちができないことは、全宇宙で不可能なことか?」
ぐっと言葉に詰まった俊和を見るのは、幸太郎にとっては久しかった。常に物事を理屈っぽく考え筋道を立てて事の本質を突く友人が言いあぐねるさまは、実に珍しい光景だ。
「仮にそれができたとして、それでもおかしい部分はたくさんある」身を乗り出す俊和は、どこかむきになっているかのようでもある。
「桜井の記憶はどこから持ってきた。万が一元素の集合体から人間が作れたとしても、記憶を作るだなんてことは絶対に無理だ」
「あ、それは言われてみたらそうかも」
俊和の言い分に幸太郎は素直に同意した。この世界に実在し、触れることができるモノなら何かしらの手段で作れないことはないだろう。スピカが言うとおり、地球の人間にはできないにしろ宇宙のどこかではそんなテクノロジーがあっても不思議ではない。
じゃあ、記憶は?
幸太郎は奈々子が生きていた頃を思い起こす。彼女がカレーを作る際に買っていたものを、できる限り正確に思い出す。記憶の中の奈々子が買い物カゴに放り込んでいたものは、先程奈々子が列挙していた材料と合致していた。得意げな顔で「これはほかの人もあまりしないんだよ」と赤ワインの瓶を持っていたことも覚えている。つまり、記憶も正しく継承されているということだろう。
「まさか全部の記憶物質やシナプスも完璧に再現しただなんてトンデモ理屈を展開するんじゃねえだろうな」
「いや、そんな面倒なことはしない。もっとサラッとした、簡単な方法だ」
その言葉に、幸太郎は猛烈に嫌な予感がした。彼女たちの『簡単』が、地球人たちにとっても簡単であるとは限らない。寧ろ苛烈を極めることすら、一連の会話であるように思えた。
「言ってみろ」
俊和も幸太郎と心境は同じらしく、何やら身構えたような顔つきでスピカの言葉を待っている。
「地球の内側にはアーカイブと呼ばれるものがあってな。その中に非物質的な個人情報や個々人の記憶が蓄積され、常に上書きされている。私たちはアーカイブ内にある奈々子の位置情報を上書きし、お前たちの言葉で言うところの『魂』に近いものを無理やり奈々子の身体に落とし込んだというわけだ。『魂』の中にまるごと生前の記憶も詰まっているからな。シナプス云々なんて面倒なことよりこっちの方が単純でわかりやすい」
なんでもないように告げるスピカを前に、俊和は眼鏡を外した。海を跨いでアメリカにまで到達してしまうのではないかと思わせる長さのため息を吐いて、頭を抱え始めた。
ストックを食いつぶしそうで怖いですし、何よりなんかひらめいたファンタジーが書きたくて、すごく浮気に悩まされております。ですが、この作品でも大好きなキャラがたくさんいるため、更新速度が滞るかもしれませんが(試験等もありますし)、しっかり書いていこうかと思います