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「なるほど、全くわからん」
昨日から起きている一連の出来事をある程度噛み砕いて説明したつもりだったが、彼には通じなかったらしい。俊和は深く息を吸い込んで嘆いた。六畳一間に四人が集まると少々手狭で、その圧迫感故か溜息も一層重く感じられた。
「つまりどういう事なんだよ。なんで桜井が生きてんだよ。どう考えてもおかしいだろ」
俊和の切羽詰った物言いに、奈々子がしゅんと肩幅を狭めた。幸太郎が俊和を睨む。その視線に気付いたのだろう、俊和が慌てて顔の前で右手を振った。
「語弊があるから言い直すが、俺にとっても友人だった桜井が生きていることはすごく喜ばしいことだ。これは間違いない。でも、色々と難しいことが多すぎるだろ」
一息ついた俊和が鞄から本と黒色の眼鏡ケースを取り出す。本来はこの本を返してもらうために家へ呼んだわけだが、まさかこうなるとは幸太郎自身夢にも思っていなかった。
ケースから出した銀縁の眼鏡をかけながら、俊和はわざとらしく咳を払う。
「とりあえず、あんたは誰だ」
スピカを指差し、単刀直入に切り込んだ。訊かれたスピカは動ずることなく、ちゃぶ台に乗ったティーカップを口元に運ぶ。先程奈々子が淹れたコーヒーだ。幸太郎と俊和も、思い出したようにコーヒーを啜る。砂糖とミルクが綺麗なバランスで溶け込んでおり、幸太郎の心が少しばかり和らぐ。その心は俊和も同じだったのだろう、先ほどとは毛色の違う落ち着いたため息を漏らした。
「私は人間とは違う次元の存在だ。多分、生き物でもないのだろう」
「じゃあなんだ」
スピカの言葉に俊和が食ってかかる。急かす彼とは打って変わって、凪いだ表情のスピカがひと呼吸挟む。
「アカシックレコードを知っているか?」
俊和の眉が露骨に歪んだのを、幸太郎は見逃さなかった。コーヒーで唇を湿らせた俊和が話し始める。
「つまり、お前はアカシックレコードだと?」
「ちょ、ちょっといいかな」
奈々子だ。小学生のように右手を天井へ突き出し、他三人の目線を一気にさらう。
「その、アカしっく……れこーど?って、何?」
「私が説明してやろう」
間髪入れずにスピカが話す。
「アカシックレコードは、すべての出来事、思考、感情、信念のエネルギー的記録だ。これまでこの宇宙でおきたことすべて、そして、これから起こりうることすべてが記録されていると言ってもいいだろう」
「つまり、この宇宙すべてにある過去、現在、未来の情報を持っている超巨大な検索エンジンみたいなもんだ」
俊和の補足に、奈々子が前のめりになる。「未来も?」
「まあそうなるな」スピカはなんともないような顔で答える。
「じゃあ宝くじも当たっちゃうのかあ。すごいなあ」
感嘆の声を絞る奈々子を一度話の輪から除外して、俊和が話を続ける。
「さっきも訊いたが、お前がそのアカシックレコードだっていうのか?」
「違う。生き物ではなかったり大雑把な類型だけ見ると似ていたりもするが、私たちとアカシックレコードは大きく異なっている。アカシックレコードはただの情報で、私たちはもっと広い範囲にまで知識や情報の欲が働いている。そして私たちは未来のことをそこまで知っているわけではないから、まあ親戚みたいなものだと思ってくれればいいだろう」
ここら辺からのくだりは書いててすごく楽しかった記憶があります。僕は誰かから理屈っぽい筋道たった話をされると気が狂いそうになるんですが自分がするのは大好きなんです。すごく自分勝手ですが、その回りくどさがここら辺一連の文に滲んでるかもしれないと不安ですぞ