2-1桜井奈々子
瞼が温かい。薄く目を開けると、日光が幸太郎の目を突き刺した。反射的にぐっと目を閉ざす。強く締めた紐を徐々に弛ませるように、少しずつ目の周りの筋肉を緩ませる。寝返りを打ちながら、幸太郎は昨晩のことを思い起こす。
――そういえば昨日、何があったっけ。
記憶の糸を手繰り寄せる。ゼミで読むよう義務付けられている文献に目を通していたら現実離れした美貌を持つ美女が押し入ってきて、よくわからないことになった。端的にまとめるとこうなるのだろう。『よくわからない』ことは、体感した幸太郎自身まったくもって説明できる自信はない。
「夢か?」
虚ろに呟く。本来死ぬはずであった自分がどんな拍子かテレポートし、それ以降の記憶が一切ない。これを夢で片付けるなと言われた方が、無理に等しい。
枕元に置いてある時計に目を向ける。現在は午前一〇時。今日は講義を一つも入れていない代わりに昼からバイトだ。そういえば今日はあいつが本を返しに来るっけ。そんなことを思いながら大きく伸びをして身体を起こす。降ろした右手が柔らかい何かを掴む。
「わッ!?」
驚愕のあまり腰が浮いた。ばたばたとベッドから降りて腰をつく。あの柔らかさは枕の比ではない。一体何が自分の布団に潜っていたのか、気が気でない幸太郎は大急ぎで掛け布団を捲り上げた。
結論から先に出すのであれば、布団の中には少女がいた。身長は適当に見積もって一五〇センチ後半の、黒い髪をした女の子だ。前髪の左側には黄色いヘアピンを挿し、あどけない寝顔を晒している。猫のように丸まって寝息を立てる少女に、幸太郎は信じがたい眼差しを送った。
「――奈々子?」
嘘だ、そんなわけがないと幸太郎は自分を怒鳴り散らす。奈々子は死んだ。葬式にだって出た。あれから一年も経った。整理はついた。やっと受け入れることができるかもしれないと思い始めた。
手のひらに汗が滲む。幸太郎が声をかけようとするより早く、丸くなっていた少女が身体を起こした。「あ、幸ちゃんおはよ」
起床した少女を幸太郎は凝視する。横一文字に切り揃えられた前髪とセミロングの黒髪、少しだけ下がっている目尻、幼さと女らしさを同居させた丸みを帯びた頬は、紛れもなく奈々子のものであった。何千何万回と見てきたその姿を、幸太郎が間違えるはずがない。
呼吸が上ずる。心拍と呼吸が上滑りを起こしてうまく息を吐けないまま肺が膨らむ。如何ともしがたい圧迫感を覚えて、幸太郎はやっとの思いで肺に沈殿した二酸化炭素を一気に吐き出した。釣り合いの取れない呼吸量に、幸太郎は一度深呼吸で無理やり肩を落ち着かせる。夢かと一瞬疑ったが、夢にしては鮮明すぎる。もう一度奈々子に会える世界を夢想したことは星の数ほどあれど、ここまで明確なヴィジョンを見たもことはかつてない。
思えば、2014年上半期ってネットでもチラッと見ましたが豊作ですね。なんといいますか、ネタになる人と言うのか、そんな感じの人が言われてみれば大豊作だなあとしみじみ思います