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万が一トラックが止まっても脳を強打して死ぬ。トラックに轢かれたらミンチになって死ぬ。どのみち、幸太郎が生き残れる確率はゼロに等しかった。
別に死んでもいいんじゃないかと考えながら、脳裏の片隅にある少女の笑顔を思い浮かべる。あの笑みを最後に生で見たのはいつのことだっただろうか。幸太郎には、それすら思い出せない。
トラックの勢いは止まらない。刻々と近づく死の重圧を目の当たりにしながら、幸太郎は手放すように呟いた。
「せめてもう一回、奈々子に会いたかったなあ」
「その願い、しかと受け止めた」
冷水をかけられたように幸太郎の意識が覚醒した。橋から見下ろしているスピカが見える。脳の奥が焼けるように熱い。ちりちりとショートを起こし、今にも煙が出そうだ。
幸太郎の眼前で、青白い火花が散った。突然のことに怯んで幸太郎は瞼を下ろす。直後、背中をしたたかに打ち付けた。
「あが!」
打った拍子に格好のつかない声を上げて呻く。痛みを体全体に延ばすかのように寝返りを何度もうち、呼吸を整えた。
十秒ほどで痛みも落ち着き、異様な倦怠感や異様に重く感じる頭とともに幸太郎は考える。ここがあの世か? それにしては暗いし車の音もうるさい。
仰向けの状態から機敏とは言い難い速さで上体を起こし、周囲の様子をうかがう。視覚情報としてそれを受け取るや否や、大きく目を見開いた。
道路に太い黒が数本蛇行しており、トラックがなんとか幸太郎を避けようとした意思が雄弁に物語られている。トラックの運転手と思しき男が車の外で必死に首を左右へ巡らせている。事故が起きていないのか確認しているのだろう、誰も見当たらないとわかると、目を丸くしながら首をひねっている。
「どういうことだよ、これ」
唾の塊を飲み込みながら、幸太郎は自問する。なにゆえ自分が先ほど落ちた歩道橋の上にいるのか。落ちたはずではないのか。落ちて死ぬはずではなかったのか。いくつもの疑問を大釜に放り込んでかき混ぜる。幻覚でもなければ夢でもない。現に頬をつねったら痛い。一体何が起きたのか。あらゆる可能性が浮かんでは消える様をそばに添えながら、幸太郎は背中を再び歩道橋の床に降ろした。異常なほど頭が痛いし眠気が強い。近づいてくる足音を耳にしながら、幸太郎はゆっくりと目を閉じる。
「おめでとう。君の願いは祝福された」
透き通るほどよく響く声を聞きながら、幸太郎は睡魔の泥濘へと沈み込んでいった。
やっと第一章終わりました。これからもガツガツ書いていくんで、お付き合いの程宜しくお願いします