プロローグ
目の前にいた生物……大きな口に鋭い牙、鎧のような鱗に覆われ、背中から生える二枚の翼を大きく広げたその姿……。
「ど、ドラゴン……?」
思わずありのまま見たものをつぶやいてしまう僕だったが、恐怖と困惑の感情が頭の中に浮かんだのはほんの一瞬だった。
そう、ほんの一瞬だけ。
その後にはもう、僕は今の状況を理解していた。
「……しれぇ」
口が……勝手に動き出し、言葉が漏れる……。
「おっもしれぇーぜ!」
ニヤニヤが止まらない。
まるで本当にドラゴンが目の前にいるかのようなこのリアリティー、ついに僕はこの域まで到達したんだ。
僕がこの短時間で導き出した結論、それはここが……ゲームの世界だってことだ!
これは僕が友人から聞いた話だが……。
人は120時間、つまりまる五日間ゲーム世界に浸かり続けるとその人間は……ゲーム世界と現実世界を超越し、その二つの世界を行き来することが可能になる……らしい。
いまだかつてそんなことを成し遂げたという人間を少なくとも僕は知らない。ネット上でも聞いたことがない。だから流石に僕もはじめは疑った……。でもこの視界に広がる世界は間違いなく……あの話を本物だと証明している!
興奮が頂点に達したその時、すっかり忘れていたあいつの声が大地を揺らした。
「GYOOOOOO!!」
振り向くとその雄叫びの発生源が今にも襲ってこようという体勢でこちらを睨んでいる。
「ちっ、雑魚が……」
この類のモンスターはいままでに数百と倒してきた。そもそもこの僕をだれだと思っている? このMMORPG、『カオスワールドオンライン』の世界で頂点に君臨するギルド、蒼龍連合のGMだぞ。つまり、この世界最強の男ということだ!
「一撃で決める!」
そう息巻いて僕は腰に下げられている剣に手をのばす。
ふっ、この剣はこの世界で最強と称される神炎龍の牙で作られた…………あれ?
背中から冷や汗が流れて行くのを感じた……そんなバカな!?
もう一度腰のあたりを確認してもそこに剣は無い……というよりも僕は鎧すら身につけてはいなかった。
客観的にいまの状況を説明しよう。
時刻は夕暮れ時、荒れた大地に翼を広げ戦闘態勢にはいるドラゴンと手ぶらの少年が互いに睨み合って対峙していた。
さぁ! 今決戦のゴングがぁぁぁあ ってちがーう!
一体これはどうなってる!? どんな状況なんだ!? って、状況はさっき説明したか……じゃあこれは一体なんの無理ゲーなんですかー!
と、とりあえず落ち着こう……まずは自身のステータスを確認して……って自分自身がゲームに入ってる時点でどう画面を操作すればいいんだ!? どー考えても無理だろう!
一応、見た感じだけで自分のステータスを表すとすると……。
名前 上原 遼
職業 自称プロゲーマー
年齢 15歳
武器 両親から貰った腕
防具 無し
体力 100(MAX)
耐性 各0
容姿 92/MAX100
これで間違いないな……いや、容姿がもう少し上かもしれない……ってそこんとこは今はいい、モンスターはどいつも容姿耐性をもっていて全ての容姿を受け流す。この耐性をもっていないのは人間だけだ!
全くどうしてなんだ。どうして人間はいつも人を見かけで判断するんだよ! 僕は……僕は中身だけなら…………っ!
僕の心の叫びが爆発した瞬間、ドラゴンが地面を蹴り両翼を羽ばたかせて宙へ舞った。
ついに戦いの火蓋が切って落とされてしまったのである。
いや、これは戦いではないな。ただのハンティングだ! 力の差がありすぎる……。逃げるしかない……狩られる側はただ無様に逃げ回るしかないんだ……。
ハンターと化したドラゴンを見つめる僕。そしてがっくりと肩を落としてうなだれた。 僕はこのゲームに出てくるモンスター全3642匹の情報を網羅しているが……今目の前にいるドラゴンの情報は無い……。ひとえにドラゴンの類と言っても、一つ一つの種には名前と特徴がつけられているものなのだ。
話を簡単にまとめよう。このモンスターはゲームの中の存在ではない。
つまりこの世界は……ゲームの中ではない。
そのことに気づいてしまった今、僕はもう行動することを諦めようと思った。仮にこの世界がゲームの中なら、ここは死に物狂いで逃げて何処かで剣を調達した後に再勝負っていうストーリーもあったかもしれないけれど、生身の僕なんてただのキモオタだもんな。
視界にははっきりとドラゴンの姿が見える……あの構えはブレスなのか!?
ドラゴンの口からは真紅の炎が溢れ出ている。
この距離、この角度……よけるのはどう考えても不可能だ。
死という言葉が頭をよぎり、体はもう生きることを諦めたかのように動かない。
ま、賢明な判断だ。いまの状況で生き抜くことは間違いなく不可能……バカな人間は不可能を可能にしろとか言うけれど、それってもう言葉の意味が成り立ってないよね?
僕は静かに目を閉じた。こんな時だからだろうか、今までの僕の記憶の数々が頭の中を通り抜けていく。普段なら間違いなく思い出すことはできないであろう時の記憶もいまならハッキリと目に浮かんでくる。てか、僕の人生ゲームばっかだな!
後悔はしていない。僕にとってゲームこそ生き甲斐であり生きる目的だったんだ。
『はぁはぁはぁ、ま、マスター! はぁはぁ、ご無事ですか! は、早く盾を、聖魔盾を発動させて防御してください!!』
何処かから声が聞こえた。少々息遣いが荒いけど綺麗な声だ……天国から迎えに来てくれた天使様なのか?
『マスター!! お早く!!』
やけにせっかちな天使様のようだ……。言うなら僕ではなく奴に言ってくれ!
痛みは無かった。苦しくもない。何一つ感じることもなく僕の意識はスーっと遠のいていった……。
読んでいただきありがとうございます。