勇者さまの楽屋オチ
僕のの名前は勇者『ああああ』。命名神から嫌われている。
セーブデータは02。プレイ時間二十四分。レベルは3.装備品は初期装備のなまくらの剣と木綿のパンツ。セーブポイントは始めの村。セーブした日付は一昨年になっている。
ここからお察しの通り、僕のゲームキャラとしての時間はゲームの開始早々に止まってしまった。
始めの村で暮らし初めて二年が経つ。
樽や壺の中、果ては民家に押し入り箪笥の中身を物色してしまったにも関わらず、村人たちは『勇者さまだからしかたないよ』と許してくれた。
村のとても平和です。
物語が進まない世界で世界の危機は進みません、イベントも起きません、エンカウントすらありません。初めてモンスターを倒してことが遠い昔に感じられるようになりました。
今の私は村を支える若者の一人として、村の人たちの農作業を手伝っています。
そろそろクワの持ち方が手に馴染んでしまい、そろそろ剣の握り方を忘れかけています。この前、村人相手に久々の剣舞を見せてみたら不器用だったと笑われちゃいました。
今までは近隣に住むモンスターの被害で農作物のあまり取れなかった村ですが、去年から引き続いて今年も豊作でかぼちゃが沢山採れることになりそうです。収穫が待ち遠しいです。
僕の旅の仲間になる予定の五人の仲間は、今頃どう過ごしているのでしょうか。時々考えることがあります。
もしかしたら、僕と同じ境遇を過ごしているのかもしれません。それとも、勇者として旅立つ前の、僕の様な日々を過ごしているのでしょうか。
そうそう、最近のことです。村娘Aさんから「好きです」と告白されました。どうやら、直向きに今の仕事の農作業に打ち込む姿が好印象だったようです。家族の人も勇者だから優良物件を抑えるなら今のうちだと後押ししていたみたいです。
しかし僕には、会ったことの無い顔も知らないヒロインがいます。勇者としての僕を殆ど知らずにただ一人の男として好きになってくれた気持ちは嬉しいけど、丁重にお断りさせていただきました。
村の同年代の男衆からは、「物語があるからって、知らない女の為に振ることないのに。お前は大馬鹿真面目だよ。村娘Aちゃんは俺が貰ってやるよ」「いや、Aちゃんは俺が……」「俺も……」なんてことになり、その後皆で飲みにいきました。元気付けてくれた心遣いが暖かかったです。
00:25
その日、村の様子は一変した。
いや、元に戻ったのが正しい。
村人A「ここは始まりの村だよ」
「どうしたんだ、村人A。まるで初対面の時みたいじゃないか」
村人A「ここは始まりの村だよ」
「受け答えできてないよ」
村人A「ここは始まりの村だよ」
どう聞き返そうとも、同じことしか言い返さない。
これはもしかして、止まっていたはずの時が動き出した?
ようやく僕の――勇者『ああああ』の物語をついに、再び遊んでもらえる日が来た。それなら、こんなに嬉しいことはない。
昨日までの生活は名残惜しい。
けれども、僕は、この日が来ることを待ち詫びていた。スキとクワを剣と盾に持ち変える時を。ありふれた日常でなく、波乱と万丈に満ちた日々を過ごすことを。そしてなによりも、ボクが主人公として動きだす瞬間を。
僕は一目散へと村長の家へと走った。イベントを起こすために。
村長「この村は近頃魔物に襲われてのう。お主の剣の腕前はかなりのものではないかの? そうならば近くの洞窟におる魔物の親玉を退治せてくれぬか」
俺は「はい」を選んで洞窟の鍵を村長から手に入れた。
村長から貰った鍵を強く握りしめる。
鍵は握った手の中に隠れてしまうほどちっぽけだ。でも僕にはずしりと重い大きな鍵に思えた。
ここからだ、ここから僕の冒険は始まるんだ。
武器と防具は錆びていないだろうか、何より剣の腕はなまっていないだろうか、旅の準備は以前のままになっているだろうか、色んなことが頭に浮かぶ。
全部大丈夫だ。この日が来ることを長いこと待っていた。必要な支度はいつでも済まししている。
行ってきます。
そんな気持ちをもって僕は始まりの村を出て行った。
目指すは近くの洞窟のに潜む魔物の親玉。長く世話になった村だ、必ず倒して平和を取り戻して見せる。
「なあ」
「なに、兄ちゃん」
「おまえのセーブデータって『ああああ』のやつじゃなかったっけ。別のになっているけどどうした?」
「最初にちょっと遊んだだけで、後は全然あそんでなくってさ。最近また遊びたくなって始めたのはいいけど、やっぱり最初からやり直したくなったからそれで」
書いててなんか切ない気分になりました。
ああああ……。