その口癖を消せ
一番になりたいと、友達はよく言っていた。口癖だった。
俺は、俺でありたい。芸能人の誰かがよく言っていた。口癖だった。
結婚したい。ボーイフレンドはよく言っていた。口癖だった。
早く、就職しなさい。両親はよく言っていた。口癖だった。
みんな口癖だった。そのうち、口癖は誰かに伝染して、その誰かの口癖になっていた。そして、その誰かの誰かに伝染して。そんな感じで口癖は広まっていた。
ある時、私は口癖をこの世から消したいと思った。口癖を消したらどうなるのだろうという好奇心もさることながら、口癖をこの世から消す事ができたら感謝されることも多いと思ったからだ。いや、単に自分が嫌いだけだったのかもしれないが。
しかし、口癖をこの世から消す事は容易い事ではない。口癖たる所以はそこにある。口からでる癖である。癖の一種だ。メガネを直す動作、喋るときに始めにでる、えー、や、あーの類い。歩くときの小走り。コンビニ店員のレジ。私は、この世にある癖の中のでも「口癖」を消す事にした。
口癖を消す上で大切にしないといけないことは、その口癖だけを綺麗になくす事だ。決して喋り手の言語を破壊し、手段を奪うような行為はしてはいけない。そのような非人道的なことをしてしまっては、一生刑務所暮らしになるからだ。
誰か、私のために口癖を具現化してはくれないだろうか。そうすれば、彼らと直接やりあうことができる。事前にそれらの弱点を考察し、準備する。必要とあらば、その必要物を調達し決戦に備えるだろう。
口癖をこの世から消す事を考えて、一週間が経った。決意をしたものの未だに良いアイデアが生まれてはくれなかった。グットとはいかないアイデアしか私には思いつかなかった。一ヶ月が経った。やはり良いアイデアなど生まれなかった。しかし、半年経ってようやく良いアイデアらしきものが生まれた。
「そうだ。これしかない。最初からこれしかないじゃない。」
私は、ようやく口癖をこの世から駆逐する最良の手段を考えついた。上出来だ。私は自分に言い聞かせたのだった。それでは、その作戦を実行するのはいつが良いだろうか。やはり、早い事にはこした事はない。早ければ早いほど、良いからだ。
私は、パソコンを開いた。そして検索エンジンで、あることを調べた。予想通りそれなりの件数がヒットした。上から順にクリックしてその内容を確認していった。
確認作業を終えると、パソコンをシャットダウンさせ、家を出た。
「ここだ」
私は、さきほどパソコンで調べたうちの一つの場所にたどり着いた。家から徒歩やら電車で30分ほどの場所にそれはあった。
「いらっしゃいませー」
私は、颯爽とそのお店の中に入っていた。
「すいません、少々お訪ねしたいことがあるのですが」
「はい、どのようなことでしょうか」
店の店員は愛想がとてもよかった。私は、一枚の紙を店員に渡し見せた。
「これを、お願いします」
店の店員はその一枚の紙に書かれた文章を読み、少々戸惑う表情を見せた。しかし、しばらく悩んだ後ひとつ息をし、私の方を見て言った。
「わかりました。やりましょう」
「ありがとうございます」
3日後に、先日訪ねたお店から連絡があった。来週には準備が完了するので、月曜日に当店にお越し下さい。とのことだった。
次の週の月曜日になり、私は先日訪ねた店に急いだ。ようやく、この世から口癖を消せる。私の考えたアイデアが成功すると胸が躍った。
「お待ちしておりました」
店員は、笑顔で私を出迎えてくれた。
「このようなプランでよろしいでしょうか」
店員は、私に作成したプラン書を見せてくれた。上から下まで私は舐めるようにして読み、同意した。
「それでは、これから実行いたしますがご準備のほうはよろしいですか?」
私は、準備については完了していた。
「わかりました。それでは、こちらの部屋にお越し下さい」
私は、お店の一室に通された。いよいよ、口癖をこの世から消す算段がたった。あの忌々しい口癖たちを。
「それでは、こちらの着用と飲食をお願いします。なにぶん守秘義務が発生しますので。よろしくお願いいたします」
そういうと、店員は私にアイマスクとグラスに入った透明な水を差し出した。
「わかりました」
私は、アイマスクを目につけ、透明な水を一気に飲み干した。しばらくすると、睡魔に教われるような感覚があった。アイマスクをしているせいか眠くなったかどうかは曖昧であったが、気がつくと寝てしまっていた。
「それでは、ご健闘をお祈りいたします」
私は、体に寒さを感じた。どうやら目を覚ましたらしい。アイマスクを外して目の前の景色を確認した。目の前には雄大な青い海が広がっており、その砂浜に私は居た。計画通りだ。人っ子一人いない無人島をリクエストも多分クリアしている、
私の前から、口癖は消えた。人とともに。