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交響楽(シンフォニー)-遠い旋律2-  作者: 神山 備
再び桜花笑う季(とき)
9/36

山笑う

 夢を見た後、私は翔子の実家に出向いた。

 すると、私の心変わりを聞いた義母は、

「やっと決心がついたのね」

と返したので驚いた。

「翔子の母親としては娘に操を立ててくれるのは嬉しくない訳じゃない。

だけどね、だからといってそれは死んだような目をして、翔子の亡霊を追っかけることじゃないのよ。

あなたは生きてるんだもの。今の仕事を始めたくらいからかな、変わり始めた芳治くんを見て、正直ホッとしてたのよ。ああ、ちゃんと支えてくれる人ができたんだなって。いつ知らせてくれるのかって、楽しみにしてたんだから」

「お義母さん……」

私が翔子と穂波の後を追おうとしていた事、さくらの事も先刻お見通しのようだった。

「じゃぁ、近い内にお位牌引き取りに行くわね」

といった義母に、

「いえ、それはいいです。彼女と知り合ったのもお互いのパートナーを失ったからで、彼女は翔子や穂波のことも丸ごと受け止めてくる女性です。

それに……プロポーズはまだ……。とりあえず、自分の気持ちが固まったことをお義母さんに伝えようと思って……」

と言うと、

「あら、呆れた。私に報告しに来るより、それが先じゃない」

と言って、心底呆れられてしまった。

「振られても、僕の気持ちが変わったのは事実なんで」

「まったく、芳治くんらしいわね。大丈夫、上手くいくわよ」

義母はそう言って私の背中を押してくれた。


 そして、さくらに自分の気持ちを告げようと決心した私は、その足でさくらの勤める病院に向かった。


 病院の駐車場に車を置くと、私はまっすぐその前にある公園の池の端にある桜の木の前に向かった。

 この木は、この病院で生まれた三輪さくらがさくらという名前を付ける由来になった木で、坪内高広が自分の余命を知った時、彼女を託した木でもある。


 見上げると、この町で一番最初に花を付けるその木には、まだ固いながら、小さな蕾がいくつもついていた。私は木に向かって言った。

「高広君、もし君があのとき彼女を頼むと言うつもりで頭を下げてくれたのなら、私に力を貸してくれないか」

 もちろんそれに対して答えはない。しかし、その時ふわりと春を思わせる風が私の頬を撫で、遠くで春告鳥うぐいすの鳴く声が聞こえた。


 私は軽く頷くと携帯を取り出して、さくらに電話した。

「さくらちゃん、今大丈夫? 折り入って話があるんだけど、4月の頭くらいで何時が休みかな」

私は桜が満開になる頃を見計らって彼女と会う約束を取り付けた。


-*-*-*-*-*-


 そして、今日……私は満開の桜の中、彼女に自分の想いを告げた。実は高広がこのシチュエーションでプロポーズするつもりだったと彼の手記に書かれていたのに乗っかった形だ。


「君が高広君を忘れられないのは解かっているから。と言うよりも、高広君をずっと心の中に持っている君が好きだから……君が嫌じゃなかったら、これからの人生を私と一緒にすごしてくれないだろうか」

高広君、力を貸してくれそう心で呟きながら私はそうさくらに言った。

「ねぇ、私なんかで良いの? 私、翔子さんみたいに素晴らしい奥さんになんかなれないよ」

すると彼女は、不安そうにそう答えた。

「出会った頃にいろいろ話したアレ、かなり美化しすぎてたかもな。翔子もホントはかなり天然だったよ。それに、穂波も君が好きみたいだ」

「へっ?」

私はこの間見た夢の話を彼女にした。

「私、穂波ちゃんに認めてもらえたんですか」

彼女の眼に涙があふれた。そして……

「私も、松野さんが好きです。一緒にいてください」

と言ってくれた。


 それから、彼女は満開の桜を見上げてぽつりと、

「高広が笑ってる。あいつ、ここにいたんだ」

と言って静かに涙を流した。


 一斉に花が咲きそろう様子を『山笑う』と表現した歌人もいる。そう言われれば、このピンクの花の波は、彼の穏やかな笑顔に似ているような気がした。


 

-サクラサク-

今、私の前でもう一つの桜の花が笑っていた。


                            -dal segno-



以上で、第一部「再び桜花笑う季」終了です。


今回、以前ははしょってしまった翔子母とのやりとりも追加しました。


次回から、彼らの結婚編に移ります。

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