ヒーローなんてクソ食らえ!!(後編)
「俺は新庄さんがお前のことを嫌ってるとは思えないけどな」
という広瀬さんに、
「とにかくウチに戻って当の新庄さんの真意を確認しないと始まらんだろ」
と、無理矢理彼の車に押し込まれて俺は家に戻った。
あいつは、編集者と打ち合わせをしている最中だったが、俺は構わず
「俺あんなの出ねぇからな。俺はあんたの希望を叶える人形じゃねぇってえの。そんな訳でバイトも辞めるから」
と言い放った。けどあいつは、一瞬顔を上げただけで、
「それは良かった。俺は元々お前が役者になるのは反対だ」
と言って、テーブルの上に置かれている書類い目を戻した。で、
「いい気なもんだな、自分はさんざん好きなことやって、俺にはサラリーマンになれってかよ」
そう返した俺の言葉に少しだけ眉は動かしたけど、そのまま書類を見ている姿勢をくずさず、
「そうだ、お前には俺みたいな間違いはしてほしくない」
と言う。心なしかその声が震えていると思ったのは俺の気のせいか。
「は、何言ってんだよ!!」
「才能のない俺がマンガなんか書こうと思ったのが間違いだって言いたいのさ。いや、それ以前に俺みたいな甲斐性のない奴がいっぱしに家庭を持とうとしたこと自体が間違いだった。
だから、お前には役者なんかじゃなく堅実な人生を歩んで欲しいんだ。今なら充分就活に間に合う」
するとあいつはそう言った。相変わらず目線は机の上の資料に向いたままだ。その資料にぽたりと一滴、また一滴と落ちる雫……もしかして、泣いてるのか?
「親父……」
「すまん。俺がムリをさせ続けたばっかりに、美春は……俺が漫画家になるなんて夢を見なければ、こんなことには……
お前たちの大事な母親を取り上げてしまったかと思うと、俺はお前たちに合わす顔がない」
そう言って声を押し殺して泣く姿は、実年齢の36歳よりずっとずっと年老いて見えた。
俺は、それほどこいつがお袋を愛していたのかと感心するとともに、後悔しまくる姿にどんどん腹が立ってきた。それで、
「ふざけんな、早く死んだからってお袋が不幸せだったなんて決めつけんなよ」
俺がそう言うと、あいつはやっと涙で不細工になった顔を上げた。
「悠馬……」
「お袋はな、親父本人と親父の才能んの両方に惚れてたんだよ。だから、どんだけ貧乏だったって笑って親父を支え続けられたんだ。
それが不幸なもんかよ。
俺だってそうだよ。親父がいなくてあのどーでもいい蘊蓄話も聞かないで、スーツアクターを知らない人生なんて考えられないし、貧乏を不幸だと思ったことなんてこれっぽちもねぇ。
勝手に俺たちの人生後悔なんてしないでくれよ。そんなんじゃお袋も浮かばれねぇ……じゃん」
不覚にも俺もそこで泣いてしまった。
「そうですよ、新庄先生。奥さんって先生の作品を本当に細かいとこまで読んでダメ出ししてらっしゃいましたよね。締め切りなんてお構いなしで。編集者形無しでした」
そしたら、俺の言葉を受けて、今まで黙って横で聞いていた編集者のおっさんがそう言って苦笑する。
「悔しいから『今からでも編集の仕事やりませんか』って言ったら、奥さんなんて言ったと思います?
『ムリムリ、泰ちゃんだから判るんだもん。ああ、ここはこういう風に書きたいんだなって。じゃぁ、ここで手抜いちゃダメじゃんって思うだけだし。それが結果オーライなだけでしょ』
そのときのドヤ顔、先生にも見せてあげたかったなぁ。
『だってあたしは、泰ちゃんの最初にして最強のファンなんだからね』
そう言いきった奥さんは、確かに幸せだったと僕は思います」
「美春は本当に幸せ……だったのかな」
「だから、この連載が終わったら筆を折るなんてこと言わないでくださいよ。
そんなことしたら、奥さん絶対にゆっくりしてられなくてあの世からダメ出しにきますよ、きっと」
「それは困るな」
編集者のおっさんの言葉に、あいつ-親父はそう答えたが、内心出てきてくれればそれはそれで良いというような顔をした。ホント、どこまでお袋に惚れてんのか。俺はなんだかバカバカしくなってきた。
俺、こんなヘタレな理由でスーツアクターの夢潰そうとしてた訳?
泰介、家族を愛しすぎというオチでした。
すいません、もう一話だけ、書かせてください。




