身代わりの恋? 後編
「おい、いい加減認めてやったらどうだ、楓」
「へっ、何?」
私のその声に純輝が驚いたように顔を上げた。
「そうだよ、ねーちゃん。おいら、もう限界だよ」
その私の発言に、俯いたままの治人の肩の揺れがさらに大きくなる。そして、たまらずぶほっと吹き出すと、
「あー、たまんね」
と、腹を抱えて笑いだした。
「は、治?……楓!」
突然笑いだした治人に目を瞠った純輝は、その直後楓を見て完全に固まってしまった。そりゃそうだろう、死んだと思っていた楓がばっちり目を開いて自分を見つめているのだから。
「ねぇ、ホントにお母さんじゃなくて良いの?」
楓はそんな純輝に、目に涙をいっぱいためながらそう尋ねた。
「当たり前だろ、さくらちゃんが欲しけりゃオレは堂々と本人に言うから。
だいたい、お前どっちかってぇとよしりん似じゃん」
と言って、楓にデコピンを食らわせた後、
「けど、ああ良かった。ホント寿命が縮まったぜ」
と言いながら、楓をかき抱き、耳元で、
「愛してるよ、一生幸せにするから、オレんとこへ来い」
と囁いた。こいつ、父親と弟が見てる前で何をしやがる。
純輝は茹で蛸のように真っ赤になっている楓の頭をよしよしと撫でると、
「にしてもさぁ、これはないんじゃない? オレよしりんに相談はしたけど、ここまでしてくれって頼んだ覚えはないんだけど」
私たちに向かって不機嫌全開でそう言った。
「あ、それは私」
それに対して、この茶番の黒幕である福島(旧姓曽我部)由美があっさりと犯行表明する。
実は母親教室で病院を訪れたついでに、純輝と楓のことをさくらは由美に話したらしいのだ。
『どうしたものなのかな、好き合ってるのにじれったいったらありゃしない』
と言っていた矢先の今日、楓が体育の授業で怪我をした。
とは言え、バスケットボール中に転倒、捻挫しただけだ。それがまだ午前中で、高校とも近かったから、さくらは近所の開業医を選ばず、慣れ親しんだ元勤務先のここに連れてきたに過ぎない。しかし、
『松葉杖を貸してもらえばいいから、帰りは芳治さんが迎えに行って』
と言われてここに着いたら全てのお膳立てが出来ていて、おまけに由美は治人まで呼んでいた。
「親子そろってなかなか踏ん切りがつかないんだから」
と笑う由美に、
「余計なお世話だ」
と返してやるが、彼女がいなければ、私はさくらを妻にするのにもっと時間がかかっていただろうし、そうなれば生まれていても楓と純輝の歳の差はもっと広がって、こんな風に恋愛感情に発展していないかもしれない。
「でさぁ、そろそろこの部屋空けてくれない? 私の権限でベッド確保してられるのもそろそろ限界なんだわ」
そう、由美は自分の整形外科看護婦長という立場を最大限利用して、今日退院した個室を半日間キープしたのだ。本当にお節介な女だ。そのお節介にまた救われたなと、私は見つめ合う若い2人をみてそう思った。
帰り、楓に松葉杖を突かせずお姫様だっこで当然のように自分の車に乗せた純輝に少しもやもやしたのは事実だが、いつか子供は巣立っていかなければならない。今がその時期なのだろう。
はぁ……本音を言えばまだまだ当分楓の花嫁姿なんて見たくはないんだがな。
本編を書いている途中に、
「あたしって、お母さんの身代わり」
と楓ちゃんがため息をついたことがありまして。
そりゃそうだよね、2番目なんてヤダよねってことでこの話と相成りました。
思えばそがっちは作中時間では20年ぶりのご出演。ナースらしいお節介体質です。
ま、彼女だけではなく、さくらを知る整形外科ナースがこの計画に挙って参加してたんですけどね。
あと、笹本家の話と、治人の話が書ければいいなと思ってます。




