身代わりの恋? 中編
水曜日の午後三時、純輝は事務職員の横山からコーヒーを受け取って、パソコンに入力し終わったデータの再確認をしていた。その時、個人用の携帯が鳴った。楓の弟、治人用の音だ。(治か、めずらしいな)
仕事だとか友人はざっくりとしか分けてはいないのだが、自分の家族とさくらの家族だけは一人一人音が変えてある。
さては、楓に泣きつかれて代わりに電話をかけさせられたか……純輝はほくそ笑みながら携帯を通話にする。
「おう、治、何だ?」
しかし次の瞬間、純輝の表情は凍り付いた。
「か、楓が? さくらちゃんとこだな、すぐ行く」
純輝は、すぐ行くと言って通話を切ったにもかかわらず、その携帯を握りしめたまま呆然としていた。
「どうかした?」
「あ、いや……」
その様子に、何があったのかとのぞき込むように見る横山に対して、純輝は歯切れ悪くそう答えるとぎっと唇をかみしめる。
そして、一度持っている携帯を握りつぶす勢いでぐっと掴むと、純輝は奥にいる彼の上司の前に行き、
「すいません、早退させてください」
と震える声で上司にそう告げた。
「ウチになんかあったのか?」
純輝の尋常ではない様子に上司は彼にそう聞く。
「ウチじゃないっすけど……いえ、もうすぐウチにするつもり……
今、治……あ、弟から事故ったって、ヤバいって……」
純輝の説明はまったく要領を得てはいなかったが、それでも結婚をしたい女性がよんどころのない事態に巻き込まれたのだということを上司に伝えるには充分だった。
「そうか、わかった。すぐ行ってやれ。くれぐれも笹本が事故るなよ」
「ありがとうございます。データは入れてありますんで、確認お願いします」
純輝は上司の机に頭を打ちつけるような勢い会釈し、机から財布を取り出してポケットに放り込むと、駐車場に急いだ。
そして、(焦るな、焦るな)と念じながら楓の母、さくらがかつて看護師として勤めていた救急病院を目指す。上司が言うように、ここで自分までが事故ってしまったら、マジでシャレにならない。病院までの道のりが恐ろしく遠く感じられた。
外来の診察時間を終えた病院の駐車場は、週半ばと言うこともあって、かなり空きスペースがあった。純輝はその中で一番入り口に近いところに車を停めると、入り口に向かう。
「あなたが笹本純輝くん?」
だが、純輝は病院に入る直前、ひとりの女性に呼び止められた。
「はい、そうですが」
「来て、こっちよ。私は、福島由美。ここのナースよ」
女性はそう言って、純輝の先に立ち、どんどんと進んでいく。純輝は由美の後について、院内に入り、エレベーターに乗った。
「ここよ」
病室に入った純輝を出迎えたのは、がっくりと肩を落とした良治と治人、そして、ベッドに横たわり、顔に白い布をかぶせられた楓だった。
純輝はおそるおそる顔にかけられた布を取ってみる。そこにあったのは、まるで眠っているかのような顔の愛しい女。
「ウ、ウソだろ……なぁ、ウソだって言ってくれよ」
そう言って、芳治を見る純輝に、芳治は俯いたまま頭を振る。
「なんでだよ……イヤだ、楓。頼むからオレを一人にしないでくれ」
純輝はそう言いながら、楓の頬を撫でた。その言葉に、芳治と、治人の肩が揺れる。
「まだ、あったかい……あったかいよ。
なぁ、起きろよ。オレ、お前のいない世界なんて、要らないから。楓……楓……」
純輝はそう言いながら、楓にすがって泣いた。
意地の悪い作者は、一旦ここで切ります。
引っ張ってすんません。




