身代わりの恋? 前編
ここに一週間ばかし純輝が来ない。さくらが入院したあのあと以来、初めてのことだ。どうせ口げんかでもしたんだろうと思って、
「最近、純輝来ないな」
と、楓の前で言うと、
「あれ、そう言えば純兄来てないね」
と言うが、案の定その態度がおかしい。
別に、体よくこき使っていた訳ではないが、楓も治人も大きくなってしまった今、私はもはや自分の面倒を看るだけで良くなったので、純輝が来なくてもなんら困ることはないのだが、小さな羽虫のように、追っても追ってもやってきたものが、急に見えなくなると寂しいものだ。まぁ、そのうち仲直りするだろうと思っていた夜、純輝から電話があった。
「よしりん、オレってまだ、さくらちゃん命に見える?」
純輝はそう言って深くため息をつく。
「なんだ、藪から棒に」
聞けば、高校卒業を目前にした楓にプロポーズをして、見事玉砕したらしいのだ。
「ま、俺から見れば以前はともかく、今はそんなことは思わないがな。
なんか楓の気を損ねる様な言い方をしたんじゃないのか」
客観的に見て、楓は間違いなく純輝に惚れているぞと思ったが、男親として悔しいので、それは口に出さないでおいてやる。
「そんなことねぇよ。『ずっと一緒にいたいんだ、結婚してくれ』ってちゃんと言ったぜ。けど、『本当にあたしのこと見てくれてる? あたしはお母さんじゃないのよ』って言われてさ」
「まぁ、小さい頃からあれだけ『さくらの元夫』とか言ってればな。自業自得だ、諦めろ」
私がそう言うと、
「諦められないから、よしりんに攻略方法を聞いてんだろうが」
いかにも情けない声でそう言う。
まったく、よりにもよって、彼女の父親にそれを聞くか? しかも、相変わらずのタメ口で。
「俺に分かる訳ないだろ。さくらは正攻法で大丈夫だったからな。
せいぜい頑張って、楓の気持ちを取り戻すんだな」
私はそう言って電話を切ったが、ずっとライバル視してきた私に、あんなに情けない声で、なりふり構わず聞いてくるあたり、そうとう必死なのだろうと思う。だいたい、断られるとは夢にも思ってなかったんじゃないだろうか。そういうとこがいかにも純輝らしいと思う。
楓の気持ちも解らないでもない。純輝に本気で惚れているからこそ、母親の代わりにされるのがイヤなのだ。純輝はちゃんとそれを理解しているんだろうか。
まぁ、男親としては娘の恋路に手を貸してやるのは不本意だが、このまま二人にしょげられているのも、傍でみていて気持ちのいいものでもない。
かく言う私も背中を押してもらわなければさくらにたどり着けなかったクチだし、ここは一つ一肌脱いでやるか。
芳治、何か企んでますよ。
それは、次回。




