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交響楽(シンフォニー)-遠い旋律2-  作者: 神山 備
ボクのプレシャスブルー
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オレのプレシャスブルー

 あれから12年、高校2年生まで坪内高広の生まれ変わりと称してさくらを虎視眈々と狙っていた純輝だったが、ある事件を機にすっかり憑きものが落ちたように笹本純輝の人生を歩むようになり、そのうち娘の楓と愛を育み始めた。


 そしてこの6月、20歳になった楓は純輝の許に嫁いでいく。


 彼が本来の生き方をするようになったのは非常に嬉しかったが、同時に楓の父親としては何とも複雑な気分だ。

 

 その日、私と純輝は揃って「プレシャスファイブ」を見ていた。


「ゴメンな、楓がジューンブライドじゃなきゃヤダって聞かねぇんだよ。欧米じゃないんだから、六月の結婚式なんて雨ばっかりなのにな。女ってどうしてそこに拘んだろうな」

純輝は画面を見つめたまま私の方を見ないでそう言った。雨の続く6月、しかも私の足の調子が思わしくないので余計に心配しているようだ。

「大丈夫、たかだかチャペルの中を歩くぐらいで、心配することはないさ」

私は純輝にそう返す。

「だけどさ、バージンロードって布が引いてあんだろ? もし躓いて転んだりしたら……杖なんか役に立たないだろうしさ。

そもそもクリスチャンでもないのに、女の憧れとかで教会式に拘るなってんだ」

それでも純輝は眉をしかめながらそう続ける。

 ああそうか、彼は私が転ぶことを怖れているのだな。彼は運動会のあの時、さくらに平手打ちされて怒鳴られたから、すっかり私が転ぶ=私が動けなくなってしまうの図式が頭にこびりついてしまっているのだろう。それで私は、

「心配するな、楓がしっかり杖代わりになってくれるさ。

ところで、楓のジューンブライド願望はお前が原因らしいぞ」

と、にやっと笑ってそう言った。

「へっ? オレが原因?」

私の発言に純輝は目を丸くしてそう問い返す。

「ああ、治人が一年の時の運動会。親子競技に俺が出たろ。

『あたしの時はお母さんだったのに、治人だけずるい』だそうだ。だから、運動会と同じ6月に一緒に歩いてほしいんだと」

「ホントに? オレにはそんなこと一言も言ってなかった」

それを聞いた純輝は、口を歪めてそう呟く。

「お前に言えば、あれはお前が仕組んだことだから、気に病むとでも思ったんじゃないか」

私がそう言うと、

「よしりん、あん時はホントゴメンな」

と、頭を掻きながらそう言った後、

「にしてもさ、よしりん愛されてるねぇ……」

とにんまり笑った。

「ああ、そうかもな。俺自身はちっとも男親らしいことしてやれなかったと思ってるのにな」

してやれなかったどころか、純輝にも楓にも逆にしてしてもらったことばかりだ。『親はあっても子は育つ』だと思う。

「へぇ、よしりん、そんなこと思ってたの? 

泣いても抱いて歩けなくても、一緒にキャッチボールできなくても、そんなこと些細な事じゃん。そんなもん、オレだってしてもらったことねぇよ。

ウチの場合は、下に手がかかるし、会社に手がかかるからだけど。な、みんなそんなもんだよ」

すると、私の言葉に純輝はそう言って、何とも晴れやかに笑った。

 あれから、もう一人生まれたから、純輝は6人兄弟。そうでなくても、父親は久美子の父親から引き継いだ会社を切り盛りして、家族と社員を路頭に迷わせないように必死で闘っている。

 生まれたばかりの事は本人の記憶にはないだろうから、あまり自分が構われた記憶は薄いかもしれない。だが、君の父親は嫁の祈りが通じて義兄そっくりに生まれてきた君を、それはそれは大切にしてきたんだぞ。それだけは、解かってやってくれよ。


「たっだいまぁ〜」

その時、買い物を終えた楓とさくらが家に戻ってきた。

「何よ、男二人揃ってまたそんなもん見てるの? 相変わらず父子仲良いことで。結婚したらちゃんと家に帰って来てちょうだいよね」

楓はそう言って買ってきた新居に必要な物を仕分けして、用意してある箱にしまいながら笑う。まるで私と純輝の方が親子で、自分が嫁にでもくるとでもいうように。

「バカ、お前がいるから毎日来るんだろうが。そりゃ、いきなり二人ともいなくなったら、寂しいだろうから、時々は来るだろうけど」

「時々って、どれくらい?」

「だから時々!」

まったく……やきもちを焼く相手が自分の父親だなんて話は聞いたことがない。そして、その当の父親は、大事な娘を掻っ攫っていくその男にその何倍も嫉妬しているのをこの娘は全然解かっていないに違いない。


「純輝、こんなじゃじゃ馬だが、楓を頼むよ。で、今度はどんなことがあっても全うしてくれ。

『その健やかなる時も、また病める時も』だ。

俺の場合、(さくらには)健やかなる時なんて味あわせてやれなかったが」

「何言ってんの。芳治さん、風邪もほとんど引かないじゃん。 『病めるとき』の方が私知らないよ。

それに、私は今の芳治さんしか知らないわ。だから、この姿が当たり前。

営業でバリバリ走り回っていた芳治さんに戻るって言われたら、たぶんその方がついていけない」

すると、さくらがいきなりそんなことを言いだした。

「何か、まっすぐ歩いているお父さんなんて想像できないし」

その上、さくらに続いて楓までそんな風に言うので、私は少々複雑な気分になった。

「そうだな、よしりんはやっぱ杖突いてないとダメだって気がするよな」

しまいには純輝までそれに同調する始末だ。


 だが、この姿が今の私のあるべき姿なのかもしれない。そう言えば、私自身が既に以前のような生活はしようとも思っていないことに気付き、自分の中にあった靄のようなものが一気に晴れていくようなきがした。


 もし、あの事故がなければ……私は翔子と穂波と(あるいは穂波の弟妹と)ごくごく普通にサラリーマンをして、平穏な暮らしをしていたかもしれない。たぶん、私は普通に幸せであったろう。


 だが私は事故に遭った。

 一旦世界の全てを失ったように思った私には今、さくらがいて楓がいて治人がいる。そして、純輝をはじめとする笹本家の面々も。

 彼らには事故がなければ会う事ができなかった。翔子と穂波を失ったあの事故に遭ったことを良かったとは絶対に思えないが、あの人生に戻してくれとも思わない。

 

 そんな思いを巡らせていた私に、純輝は一言、

「やっぱり、あなたにさくらを任せて良かった。

あなただったから、さくらはずっと笑っていられたと思います。

治だけじゃなく、あなたはオレにとっても無敵のヒーロー、プレシャスブルーですよ。

オレもこれから全身全霊で楓を守りますから。見守っていてください、お義父さん」

女たちに聞こえないように私の耳元で囁いた。


 そう、今度は君がヒーローになる番だ、純輝。

カッコよくなくていいから、楓を、もし授かるならその子供たちを守り抜いてくれよ。私はそう思いながら黙って頷いた。


                -Fine-



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