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雨降って……

 純輝はそれから、しばらく私たちの前には現れなかった。心配して電話すると、さくらの風邪が移ったのか、熱を出して寝込んでいるという。私は完全に高広化していた純輝の様子がちらついて、もしや彼のように病んでいるかと肝を冷やしたのだが、ただの風邪だったようで、しばらくするとまた顔を出す様になった。


 しかし、再び顔を出す様になったものの、そのスタンスは明らかに違っていた。無意識に私だけではなくさくらも避けている−私はそんな風に感じた。

 それでも彼は「良いお兄ちゃん」として、楓や治人の面倒を相変わらず看続けた。


 さくらの方も順調に回復し、今回の事で少し懲りたのか、何でも引き受けるということは減ったし、そのうちに助産院ではなく、母乳教室として独り立ちし、病院でのシフトは随分と減らすことになったので、以前のような忙しさは今はなくなっている。


 そして、純輝が成人式を迎えた。大人の祭典を終えた彼は、その日スーツ姿のまま私の許に現れた。

「オレもやっと大人の仲間入りです。あの時は、世の中は理不尽だと思ったけど、今はやっと笹本純輝としての人生が楽しいと思えるようになりましたよ。だから、これからも頼みます、ねっ、お義父さん」

にこやかに笑いながらいつもとは違う口調の純輝に、私は寒気を覚えた。特に、最後に取って付けたようなお義父さんと言うのは何だ!

「純輝、俺はお前の父親じゃない」

私は憮然としてそう返した。

「オレに笹本純輝の人生を生きろって言ったのは、他でもないあなたですよ。

だからオレは時間をかけてやっとさくらちゃんから抜け出して年相応の相手を好きになれたんです。それに今度は相思相愛なんですよ。祝福してくれたっていいじゃないですか」

純輝は余裕の笑みを浮かべてそう言った。

 確かに楓が純輝にお兄ちゃん以上の感情を抱いていることはなんとなくわかってはいたし、最近の純輝の楓を見る目が変わってきていたのも知っていた。だが、よもや純輝の口からこうもはっきりと宣言されるとは、思ってもみなかった。

「年相応? バカなことを言うな。楓はまだ中学生だ! ま、まさか……もう手を出してるとか言うんじゃないだろうな」

彼がさくらをきれいなまま私に引き渡してくれた坪内高広の血を受け継いでいるのも事実だが、それと同時に彼は、高校生で初羽を儲けた笹本夫妻の血を受け継いでいる……激しく不安だ。

「さくらにだってできなかったオレが、かわいい楓にそんなことする訳ないじゃないですか。今まで20年待ったんですからね、あと3年位、どうってことないですよ」

純輝はそう言ってニヤリと笑う。

「さ、三年って! それでもまだ高校生だろう!!」

「女性が結婚可能なのは16歳ですよね、オレはその時もう23だ。大学も出てる。ねっ、問題ないでしょ?」

「16で結婚だと! だ、駄目だ若すぎる、俺は許さんぞ!!」

完全に目が泳ぎ、しどろもどろになって声を荒げる私を見て、純輝は腹を抱えて笑いだした。

「あはは、よしりん余裕なさすぎ!たまんねぇ~」

「何がおかしい!」

私は純輝を睨んだ。余裕の純輝と青息吐息の私。あの時とはまるで逆の構図だ。

「ごめんごめん、そんなに焦ってもらいにきたりしないよ。楓の事は大事にする。高校も行かせないで嫁にこいなんて言わないから」

どうやら私は、彼にからかわれていたようだ。


 これからライバル対決第二ラウンド突入というところか……しかし、このラウンド、私は激しく分が悪い。敗北必至だ。

 楓のパートナーとして、純輝以上に私が気に入る男なぞ、この世界にいるはずはないのだが、それでも激しくムカついて苛立つのは何故だろう。

そして純輝に向かって叫んだ。

「お前に大事な娘をやってたまるか!!」

と……


                              -To coda-

以上で第2章、「独奏から交響楽へ」を終わります。

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