対決
私は、一瞬身体の中の血の気が全部引いたような気がした。
しかし、よく見るとその青年は高広ではなく純輝で、キャメルのブレザーもよくよく見れば彼の高校の制服だった。私の息をのんだ音に気付いた純輝は私を思い切り睨むと、
「松野さん、何でこんなになるまで気づかないんですか。さくらをこんな目に合わせるために、オレはあなたにお願いした訳じゃない」
と言ってさくらの熱に浮かされた頬を撫でた。私は純輝の『松野さん』呼ばわりと、いつにない丁寧な言葉遣いに、思わず総毛立った。
「オレだって最初はただの風邪だと思ってたんだ……それに、さくらが一生懸命になったら何も見えない性格だってことくらい、あなただって解かってるんでしょう! だから、あの時止めたのに。あなたは放置したままだ。もう、あなたにさくらは任せられません。さくらをオレに返してください」
何より、そう言って俺を真っ直ぐに射貫く純輝の顔つきはとても高校生のものではなかった。
皆にそっくりだと言われ続けて完全に自分が生まれ変わりだと思い込んでしまったのだろうか、それとも本当に純輝は高広の生まれ変わりなのか…彼の口調は完全に坪内高広そのものだ。
だが、それがどちらだったにしても、私には言うべきことは一つしかない、そう思った。
「さくらから手を離せ!こいつは俺のものだ」
私は彼に向ってそう言った。
「元々はオレのものだ。それを返してもらって何が悪い」
彼はそれに対して、逆にさくらの手をきつく握り直した。
「違う、法律上も今は俺の妻だ。君にはやらん。たとえ君が、あの坪内高広君の生まれ変わりだったとしてもな。
俺の方が年上だからとか思うなよ。俺は君みたいにさっさとくたばったりしない、元々死にぞこないだからな」
「オレだって好きで死んだ訳じゃない。それで、やっとこうやってさくらのとこに帰って来たんだぞ。邪魔すんなよ。さっさとオレにさくら返してくれよ」
私が薄く笑いながらそう言うと、彼は懇願するような口調でそう返した。
「駄目だ」
「何でだ!」
「駄目なものは駄目なんだ。いい加減に目を覚ませ、純輝」
「違う、オレは坪内高広だ!」
「君は坪内高広なんかじゃない、笹本純輝だ!! 縦しんば本当に君が坪内高広の生まれ変わりだったとしても、君は今生では笹本純輝として生まれたんだ。もう別の人間なんだよ。いい加減坪内高広の人生なんか引きずらないで、本来の笹本純輝の人生を生きろ!!」
「こんなに……こんなにさくらの近くに生まれてきたのに……何でこんな……これじゃ蛇の生殺し……」
その時、私たちの口論の声にさくらが目を覚ました。
「芳治さん、今何時?そろそろ帰らないと、子供たちが……あ、純輝来てくれたんだ、ありがとう。遅くならないうちに気をつけて帰ってね」
だが、薬の効いているさくらはそれだけ言ってまたスーッと眠りに入ってしまった。
「ほら、お前は確かに笹本純輝なんだよ」
私がそう言うと、純輝はその寝顔を無言で唇を噛み締めながらじっと見ていたが、両拳を自分の膝に打ち付けると、
「チクショウ!!」
叫んで病室を飛び出して行った。