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天使の誕生

 真面目で通っていた久美子が智也の子どもを妊娠しているという事実は、学校側に口止めしていたにも関わらず、あっという間に広がった。確かに非難の的にはなったが、それにも屈せず毅然としていた久美子と、彼女を労わり続ける智也の姿に、エールを送る者も現れた。


 おかげで久美子は残り少なかった高校生活を無事に終え、卒業してすぐ、第一子となる子を産んだ。


 しかし、生まれてきたのは女の子だった。智也は初めてわが子と対面してその愛くるしさに感動するとともに、少なからず落胆したと言う。

久美子は『もう一度お兄ちゃんを産みたい。』と言っていた。彼女は男の子ではなかったことにショックを受けているのではないか。そう思いながら智也は新生児室から久美子の病室に戻った。


「ねぇねぇ、智也見た! かわいいでしょ。ちっちゃいでしょ」

「あ、ああ……」

病室に入ってくるのを見るなり興奮気味でそう言った久美子に、智也は歯切れ悪く返事した。それを見た久美子は、

「何よ、感動薄いなぁ。可愛いお姫様だよ。普通は男親の方が、『娘は絶対に嫁にはやらん!』なんて生まれてすぐから言うって聞くのに」

とむくれる。

「ははは、ソレ、ドラマの見過ぎ」

そう言うと、智也はベッドサイドの椅子に座って久美子に目線を合わせて、

「久美子……ゴメンな。」

と言った。しかし、いきなり謝られた久美子の方は何を謝罪されたのか解からずきょとんとしていた。

「何? 何智也が謝ることがあるの?」

「その……男の子じゃ……なかったからさ。お兄さんをもう一度産みたいって言ってたのにな、お前」

「ああ、その事?」

「ゴメンな」

もう一度神妙に謝った智也に久美子はプッと吹き出した。

「謝らなくても良いよ。実はね、私、生まれる前から先生に女の子だって聞いて知ってたんだ」

「なんだ、知ってたのか」

久美子が事前に知っていたのだと知って、智也はホッと胸をなで下ろす。

「でもね、ホントは、聞いたときはちょっとショックだったんだ。だからお姉ちゃんに泣きついちゃった」

「えっ、さくらさんには話したの?」

智也は、自分より先にそのことをさくらに話していたと聞いて驚いた。

「うん、そしたら言われた。『良かった、その子は高広じゃないもの。高広は高広だし、その子はその子だよ。』って。すごくはっとした。私たちはそれでよくても、その子にとっては、お兄ちゃんを押しつけるってことなんだって」

とは言え、きっかけはその義兄なのだ、残念なのには違いなかろうに。そう思った智也に、

「そんな顔しないでよ。あの子見たでしょ?かわいくてちっちゃくて、天使よ。それ以外には言えないわ。私はあの子のママになれて幸せ。」

久美子は既に母の顔で、智也にそう続けた。

(ホント、久美子って強いよ……)


 子どもは初羽ういはと名づけられ、坪内家の空気を一気に明るくした。智也はもちろんのこと、坪内の両親、さらにはさくらまでが初羽を取り合う始末だ。


 そして、その存在は智也の両親の心すら動かした。


「親父、久美子んちに時々行ってるってホントか」

「ええ、本当に初羽ちゃんってかわいいわねぇ。いくら見ても飽きないわ」

憮然とした表情で言う智也に、父親ではなく母親が答えた。智也はそれを聞いて激怒した。彼は、

「マジかよ……久美子にあんなこと言ったくせに、今更どの面提げて顔出せるんだよ。信じらんねぇ! 俺の娘に触んな」

と、両親に向かって文句を吐きだした。そう言われた当の母親は、申し訳なさそうな顔で伏せ目がちに、

「あの時は、ホントに悪かったと思ってるわよ」

と返した。

「謝りゃ済むって問題じゃないだろっ!」

「だけどね、男の子のあんたたちと違って、初羽ちゃんって泣き方までかわいいんだもの。久美子さんも『どんどん見に来てください』って言ってくれてるし」

そしてそう言うと、母親はトロトロのババ馬鹿の顔になった。その顔を見て、智也は小さくため息をついた。まさに、『案ずるより産むが易し』とはこの事かと思ったのだ。


「でな、久美子さんの体もそろそろ落ち着くころだし、結婚式をやるのはどうかなと思って莉……坪内さんにそう、話してみてくれないか。」

「は!?」

続いて父親の口から出てきた言葉に、智也はあからさまに不快だという態度で聞き返した。

「自分たちが放棄させたんだぞ、久美子の事! 虫が良いにも程があるとは思わないのかよ。俺さ、この際だから大学卒業して、仕事決めてそれから久美子迎えに行くから」

「智也……」

孫を見てころっと『宗旨替え』してしまった両親に智也はつっけんどんにそう答えると、自室に入って行った。


「なぁ、どう思う。全く馬鹿にしてると思わないか」

「そんなことないよ。お義母さんは智也の事、ホントに愛してるんだって」

それを、憤懣やるかたないという様子で久美子に告げると、彼女は大笑いしながらそう返した。

「誰だって、自分の血を分けた子はかわいいのよ。智也だってそうでしょ?だから、今怒ってる」

「そりゃ、そうだけど……」

それはそうなんだけど、あんなにころっと180度態度を変えられると、あれは何だったのだと毒づきたくもなるだろ?そう思いながら智也が久美子を見ると、久美子は初羽を優しくとんとんとリズムを付けながら眠りに導きながらこう言った。

「それが、初羽……赤ちゃんのパワーなんだってば。それに、それって智也が笹本の家で頑張ってくれてる証拠だと思うよ。これならパパやれるって。じゃないと、さすがにお義父さんたちだって、結婚の話しないと思うよ」

「お前、上から目線で言うな」

そう言うお前の方が、すっかり母親じゃないか……智也はそう思いながらそう言葉を返した。

確かに……両親があの時、自分の将来を心から案じてくれていたのだということは解かっている。だけど、それだからこそ自分が愛する女性も大切にしてほしい。そう思うのは、わがままなのだろうか。


 後日、智也の両親は正式に以前の非礼を謝罪し、智也と久美子は晴れて夫婦となった。それと同時に智也はそれまでのバイト先を辞め、久美子の父の経営する会社にアルバイトとして入った。


「お義兄さんがいたら、俺なんかが手伝わなくて良かったんだろうけど」

慣れない仕事で些細なミスをして落ち込んでそう言う智也に、

「高広? あいつは建築デザイナーになるとか言って、はなから家業を継ぐ気なんてなかったよ。ウチの手伝いをしたことは一回もなかった」

と、久美子の父が笑顔でそう返した。

「そうなんですか……」

「だから、私は内心久美子でかしたと思ってるんだがね。ウチみたいな小さな会社には来てもらえない逸材が自分から飛び込んできてくれたってね。誰だって初めから上手くいく奴はいないよ」

彼はそう言うと智也の肩をポンポンと叩いた。


 そして、初羽誕生から2年後、久美子に第二子、私の最強のライバル? 純輝じゅんきが誕生した。



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