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Alter Ego

作者: est

 初のBL作品です。とはいっても、極度に嫌悪される方以外には問題なく読めるレベルだと思います。BLと言えるほどに恋愛してる作品ではないので。

 あと、全体的にグロテスクな描写があるので苦手な方は控えられた方が良いと思います。雰囲気的にはPG-12な状態なので精神的に大人でない方も控えられた方が無難です。

「うっ……」

 そのマンションの一室に入って、まず彼女が感じたのは、生臭い鉄分の臭いだった。

 雨戸が閉めきってあるのに文明の灯りもない部屋の、唯一の知覚情報。

 確かに今までいた外は明るく、腕の時計はバックライトの恩恵で正午を示しているにも関わらず、この場だけが丑三つ時であるかのような錯覚を起こさせる。

「よう、遅かったじゃん。どんなマヌケな面さげてここに来た?」

 そんな部屋の中央で床に座っている青年が、蝋燭で自身の顔を照らしながら躊躇なく問う。

 片目に眼帯という歪さに目を瞑れば端正で細身な顔立ちは、炎に照らされて、より一層不気味さを醸し出している。

 蝋燭が二人の間を照らすと、女性のきちんとした服装とは対照的に、青年はズボンに真っ赤なシャツ一枚の貧相な格好というのがわかった。

「……あの人は、どこへ行ったの?」

 異臭を堪えつつ、愚問だとわかっていても問わなくてはいけない。そもそも彼女がこの場所にきた目的こそが人探しであるからだ。


  ◆


 話は数時間前までさかのぼる。

 彼女の婚約者がその実弟と失踪した、正確には、実弟に誘拐された。気付いたのは彼女が徹夜明けの仕事から帰ってきてから、テーブルの上の大惨事になっている朝食と『一人で来い』という実弟の名前入りの置き手紙を見た時だった。義母と実父に相談してみたが初耳だったらしく何も知らなかった。だが、弟の住居は実父が把握していたので連絡を取るという二人の声を無視して、急いで彼女がこの場にやってきて、今に至る。


  ◆


 不幸なことに、彼女は利口だった。

 部屋に入った時から、ある種の覚悟はあった。この匂いの元が【かつて何だった】のか見当がついてしまっていた。しかし……

「ここにいるさ……ちゃんとな…」

 青年が立ち上がり、蛍光灯に灯りを灯した。

「……い、…」

 そこにあったのは……


「!! 嫌ぁぁぁァァァァぁぁァァッ!!!」


 想像を絶する光景だった。

 この世のものとは思えない彼女の絶叫の先には、ぶちまけられた血の海があったわけでも、細切れにされた肉塊があったわけでもない。

 赤い液体の溜まった水槽と空の注射、人間だった痕跡の残る破片があった。パーツとしてはとてもキレイに保存されていて、必要以上の出血が起こらないように止血もされて、防腐処理も施されている。断面を見なければ精巧なマネキンの部品にしか見えない。あるイミでは残酷とは程遠く、ただ繋がってヒトの形を成していないだけで、それらが生命の尊厳を嘲笑うかのように床に並べられていた。

 シャツは作業中に着ていたものだろう、その赤は紛れもなく血の赤だった。

 整っているが故の異常状況。

「ナニ悲鳴あげてんだ、慈悲の心で今の兄貴をみせてやったのに。…やっぱり俺は正しかったよ、兄貴」

 そんな彼女を嘲笑い、青年はサッカーボールぐらいの大きさの物体……今は物言わなくなった男の頭を、抱き締めて愛しそうに撫でた。

「…ウッ……」

 胃の中から戻ってきそうな夜食を無理矢理押し止めて、ショックでふらつく体を壁に手を着いて必死に支える。

 ――不幸なことに、彼女は強かった。

 狂ってしまえるなら、その方がはるかに楽だったろうに。

「……どうして」

 嗚咽混じりの声で、かろうじて出た言葉。理由など何であれ、彼は還ってこないのに、本当の愚問を口に出す。

「兄貴をこうした理由か?簡単な事だぜ」

 だが、青年はなおも軽快な口調で自分の行いを認めて問う。

「……どうして…」

「足を切り離したかって? 兄貴が勝手に他のヤツに会いに行かないように」言ってから、青年は 腿から下しかない足のふくらはぎを優しく撫でる。

「……どうして…」

「手を切り離したかって? 兄貴が勝手に他のヤツに触れないように」

 言ってから、青年は肩から先しかない手の二の腕を優しく撫でる。

「…どうして……」

「目蓋を縫い合わせたかって? 兄貴が他のヤツに色目を使わないように」

 言ってから、青年は糸で縫われて開かない目蓋にキスをする。

「…どうして……」

「唇を縫い合わせたかって? 兄貴が他のヤツと口をきかないように」

 言ってから、青年は糸で縫われて開かない唇にキスをする。

「鼻をFRPで埋めたかって? 兄貴が他のヤツの匂いを嗅がないように」

 言ってから、青年は糸で縫われて閉じられた鼻孔にキスをする。

「………どうして」

「耳を石膏で塞いだかって? 兄貴が他のヤツの声を聞かないように」

 言ってから、青年は糸で縫われて閉じられた耳にキスをする。

「…どうして……」

「首を切ったかって? これは俺が我儘で抱きたかったから」

 頭部は青年の腕のなか、唾液でベトベトになっていた。

 彼女が言葉を続ける前に、青年は回りくどくその先を潰していく。

 うつむいたまま言葉を続ける彼女も、考えることを放棄したように、機械のように【どうして】を繰り返した。

「どうして……どうして殺したの!?」


「兄貴が俺よりテメエを選ぼうとしたからだ」


 涙ながらの彼女の疑問に、青年は速答した。

「……返して」

「は?」

「あたしの大切な人を返しなさいよっ!! 返せっ!!」

 彼女の感情が爆発した。絞殺しそうな勢いで青年に掴み掛かる。

 不幸なことに、彼女は理知的だった。

 殺せてしまえば少しは気が晴れたかもしれないのに。

 青年は抵抗らしい抵抗を見せず、されるがままで頭がガクガクと揺らされる。だが、腕に抱いた頭部だけは決して離そうとしなかった。

「返して! 返して! 返してっ!」

「なに言ってやがる、兄貴はここにいる。ただ生きてないだけだ」

「ふざけないで!!」

 当然の如く言う青年に、怒りを顕にする女性。

「そんなのおかしいわ! 意味がわからない! 狂ってるわよ!」

「まあ、狂ってるのは認めてやるよ。ところでよ、人間社会が初めて犯罪とした行為って知ってるか?」

「あんたみたいな殺人に決まってるじゃない!!」

「はずれ。社会が初めて【罪】とした事は、殺人でも強盗でも強姦でもねえ。……近親相姦だ」

「──ッ」

 近親相姦。その言葉を聞いた彼女の動きが止まる。

「いつまで掴んでんだ。放せよ」

 青年に押されると、彼女は力なくよろめいて離れた。

「テメエを義姉と呼ぶのは反吐が出るぜ。血が繋がっていねえのは救いだがな」

 そして、青年はしてやったりという笑みをうかべる。

「……いいじゃない。愛し合うふたりが一緒になるのに……理由なんていらないわ……」

 その言葉を口にする事で、彼女は自分に言い聞かせる。

「……テメエは兄貴の○○○をケツに受け挿れられるか?」

「なっ……!」

 彼の唐突な言動に、彼女は思考が停止したように、目を見開いて体が固まる。

「できねえだろ。俺はできる、兄貴のなんだって受け入れられる。テメエなんかに兄貴を取られてたまるかよ!」

先ほどまでとは人が変わったような、第三者から見れば悲痛とも取れる、青年の叫び声。

「……ただ女ってだけで、異性ってだけで……俺から兄貴を奪うな! 俺は兄貴が好きだ!」

「……なら、どうして……」

「またそれか? 兄貴は死んだだけ、ここにいるじゃねえか」

 彼は抱いた頭を示す。

「それは──」

「兄貴だ! ここにいるのは兄貴だ! 兄貴以外の何でもない、紛れもない兄貴だ! 俺の一人だけの兄貴だ!」

 泣き叫ぶ。狂ったように。求めるように。間違いを否定するように。

「わたさない…わたさない! …わたさねえ!! 兄貴の手も足も体も頭も髪も全てもテメエなんかにわたしてたまるかよっ!!」

「なんて……自分勝手なの」

 喋り続ける青年に、彼女は平手打ちを試みようと腕を振り上げる、が。

「触んじゃねえ!」

「痛ッ──」

 振り払われた際に青年の爪が引っ掛かり、彼女の肌がうっすらと切れ、鮮血が滲む。

「漫画じゃねえんだ、ご都合主義に叩かれやしねえ。で、あげく自分勝手ってか。じゃあテメエは、そのためだけにこんな事はできんのか?」

 青年は眼帯を外した。

 その先を予見して、口元に嗤いをうかべて……。

「ひっ──!!」

 彼女は悲鳴をあげそうになったのを堪えて、もう一度【それ】を視覚に捉える。

 【それ】と比喩するのは適切ではない。青年の眼帯の下は、洞穴の様な空洞のみがあり、あるべき物……眼球がなかった。

「ブレインセックスっていってな、頭蓋骨の眼球部分の穴から◯◯◯を挿れて、脳みそを○○○でかき回すのさ。○○○で眼球を押し込んでヤル眼孔姦ってのもあるらしいが、んな事はどうでもいい。重要なのは愛しい相手に頭ん中を物理的に掻き回される至高の快楽……テメエは一生わかんねえだろうよ」

「……狂ってるわ、本当に」

「ああそうさ、俺は兄貴を狂おしい程愛してる。こいつも兄貴が犯りやすい自分で刳り貫いた。テメエはどうだ? 兄貴のために狂えるか?」

 嘲りを織り交ぜながらの言葉。

「私は……そんな事にはならない」

「ほらみろ」

 そして何度目かの嘲笑。

「私は彼に全てを依存したりはしなかったわ、あなたと違って……私は彼と手を取り合えた、そうして生きていけるはずだった!」

 凜とした表情は、その台詞に少なくとも自覚的な嘘が無い事を物語る。

 不幸な事に、彼女は勇敢だった。

 彼のような破綻した青年相手でも、不条理に崩されないだけの心の強さがあった。

「ははは……ひゃははははっ!」

 唐突に青年は嗤う。

 狂々と壊れた走馬灯のように。

「――何が可笑しいの?」

「たまらねぇ――たまらねえな! 綺麗事の御託並べて吐いてくっちゃべって、おてて繋いでルンルンなんて幻想犯してんだからなっ!」

 そして青年は、部屋の蝋燭を一斉に倒した。

「何を──!?」

「我慢大会といこうじゃねえか偽善者様よぉ、どっちが兄貴と最後まで添い遂げられるかなあっ!!」

 唐突な出来事を前に、一瞬動きの止まった彼女を尻目に瞬く間に燃え上がった炎は、床の一部に油でも敷いてあったのか、電撃的に部屋を赤色に染めていく。

「これだよこれっ! これが兄貴の赤だ! 俺の兄貴の赤だ!」

 黒い頭髪の上から赤い血をかぶり、燃え盛る火炎の中で、青年は嬉々として叫ぶ。

「ひっ――!」

 部屋から出ずに密集した炎は、煙を吹きながら酸素を奪っていく。

(に、逃げないと――燃える!?)

 幸か不幸か、彼女は冷静だった。

 この状況を前にしても思考を止める事無く、落ち着いてハンカチで口を塞ぎながら、未だ炎が回っていない玄関へとむかう。

「よしっ、まだ開くわね!」

 ドアが開くの確認して急いで外に出るが、ほんの少しの差で髪に赤い火が燃え移る。

「っ!?」

 それに気付いた彼女は、慌てて手ではたいて火を消す。

「熱ッ!」

 少し燃えて髪型は均一でなくなり、手には軽い火傷をおったが、無事にマンションの外へと逃げていく。

「はぁっ、はぁっ」

 息を切らせて周りの住人に紛れて脱出をすると、外には既に厚顔無知な野次馬たちが群がっていた。

 おそらく誰かの通報で駆けつけたであろう救急や消防が現われると、その支持の元に彼女を含めた住人の避難が始まり、特に大怪我をした人間はいなかったため、火傷を負った彼女は救急車に乗せられた。

「………ふぅ。………あっ!?」

 応急処置を受けて、大切な自分を救えてほっとした彼女は、そこで初めて彼の躯を置き去りにしてきた事に気がついた。

 しかしもう戻れない。

 兄弟のいる部屋のベランダからは、悲鳴のような炎が煙と共に空に向かって昇っていた。


  ◆


 そして……

「ガハッ! ゴホッ! グフッ!」

 ――やっぱりだ、あの女は兄貴を置いて逃げやがった!

 殆どの面積を炎に寝取られた部屋の中で、青年は侮蔑を込めた言葉を心の中でもらす。

 煙にやられた喉は、それを声に出させてはくれなかった。

 ――俺は間違っちゃいない、正しかったんだ!

 その表情は、これから燃え逝く者のには似付かわしくなく、達成感に満ちたものだった。

 ――終わった……これで俺は兄貴のものだ、兄貴は俺のものだ……

 青年は死に直面しているにも係わらず、どこかほっとしたようにぐったりと力を抜いた。

 ――ああ……兄貴の暖かさ感じたら、濡れてきちまった……

 生地の色が変わった股間を見て、微笑みを浮かべて呟いた青年は、おもむろに自身を取り出すと、兄の遺体を焼く炎に向けてできるだけの射精を繰り返した。




 今回の作品には、ヤマもオチもイミもあると思ってますし、やめてやめてお尻はいやよ、とも言いません、一応。名前がないのも気にしない。狂気コンペなのにあんまり狂ってないのも気にしない。

 グリューンベルグ曰く『誰からも愛されないのは、大きな苦痛だ』と言われても、こういう愛され方はさすがに苦痛に近いか……と思います。こんなんだったら愛なんて要らない、と思うのは自分だけでしょうか。

 本来はブッチ切りの狂いっぷりでアク禁覚悟の予定だったのですが、どうしようもなく中途半端な狂いっぷりで、描いた本人も若干困っております。

 感想、評価、力になります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 愛ってすげぇ、と別の意味で感じました(笑) いや、狂気ぷりは笑い事じゃなかったけど。 凄絶。まさにそう言い表せる愛憎劇でした。 愛が極限に達するとは、狂気にいたることなんでしょうか……と考え…
[一言] こわい、こわいよー・・・が感想です。こんなこわい話は嫌いです。そして映画になったりしたら絶対見ません(笑)小説としてはすごいなあ(笑)面白かったです。
[一言] BLはあまり好きではないのですが、これはそういうのに関係なくよく出来ていると思いました。 主人公と弟の対比が特によく出来ていたと思います。
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