sign 3 (side 裕美)
デザートを食べ終わった後、彼は『お手洗いに行ってくる』と席を外した。
「裕美ちゃん、ヤツはどうだった?私の目には裕美ちゃんがすごく楽しそうに見えたけど、もし無理してたのなら正直に言っていいから。」
明日香さんと二人きりになると、すぐに明日香さんが私に話しかけてきた。
「すごく楽しかったです。始めは緊張しちゃって、何話していいのか分からなかったけれど、うまく高崎さんがリードしてくれて…。あっという間に時間が過ぎちゃいました。」
「ホントに?」
「ホントです。それに、話してみて私とすごく共通点が多いなって思ったんです。だからもっといろいろな話をしたかったなーというのが本音です。」
「じゃあまた会ってもいいと思ったんだよね?」
「はい。こんな私で高崎さんさえ嫌じゃなければですけど…。私はまた会いたいです。」
「なーに言ってんの!裕美ちゃんは私の自慢の後輩よ??自信持ちなさい。むしろヤツにはもったいないくらいよっ。それに、ヤツの方は全く問題ないみたいよ?私が見てきた中で5本の指に入るくらい、楽しそうに話してたから。」
「え…?」
私と明日香さんとの会話はそこで途切れてしまった。彼が戻ってきてしまったのだ。
「おまたせ。ガールズトークに水差しちゃったかな?」
「べっつにぃー」
明日香さんがちょっと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「そろそろ21時ね。高崎、お開きにしようか?あまり遅くなっても良くないでしょ??」
「あぁそうだな。」
「とても楽しかったです。」
「俺もすごく楽しかったよ。」
私は『またお会いしたいです』というたった一言が言えなかった。
彼はどう思っているんだろう。
明日香さんは『問題ない』と言っていたけれど、私には彼の心が見えなかった。
「高崎、お会計しに行こうか。」
「柴原。お会計は大丈夫だ。俺が払っておいた。」
「気が利くわねー。まぁあんたの奢りは当然よね。会わせろってお願いしたのはあんただし。」
「今回だけは特別だからな。」
明日香さんと彼はもともと知り合いだからいい。
でも私は彼と今日初めて会ったばかりだ。
私まで奢ってもらう訳にはいかない。
「あの、私の分は自分でちゃんと払いますっ。初対面で奢って頂くなんて…申し訳ないです。おいくらですか?」
私はカバンから財布を取り出した。
「んもーこの子はなんていい子なの!!でもいいのよ、裕美ちゃん。こいつが『会いたい』なんて言い出したから、食事することになったんだし。」
「でも私だって楽しませてもらったし…」
「いいんだよ、有澤さん。今日は俺が持つって決めてたんだ。…でももし気に病むようだったら、食事代の代わりに連絡先教えてもらえないかな?」
「あんた、ちゃっかりしてるわね。」
明日香さんがため息を吐いていた。
「本当はいつ言おうかずっと迷ってたんだ。でも言えないまま食事が終わって焦ってて…やっと言えたよ。」
彼が照れたように頭を掻いた。
照れている彼を見て、これ以上お会計の話を出して雰囲気を壊すのも申し訳なくなった。
ここは彼と明日香さんの言う通りにしよう。
そう決心してカバンに財布をしまい、代わりにケータイを取り出した。
「高崎さん。奢って頂いてすみません…ご馳走さまです。連絡先、お教えしますね。」
「ありがとう!食事代のことはホントに気にしなくていいからね。」
彼もスーツのポケットからケータイを取り出し、お互いの連絡先を交換した。
お店を出ると明日香さんは、『彼氏に迎えに来てもらうから、私はここで』と言って歩いて行ってしまった。
彼と二人きりになってしまいどうしていいか分からず、『じゃあ私もここで…』と言いかけて彼に止められてしまった。
「夜道は危ないから」
「もう少し話をしたいし」
「心配だから送らせて」
『わざわざ送ってもらわなくていいですよ』と断ったのだが、彼は一向に引こうとしなかった。
「すみません。じゃあお言葉に甘えて…」
と私が折れて、アパートまで送ってもらうことにした。
送ってもらう間も、彼と話をするのはやっぱり楽しかった。
それから何回か二人きりで食事をしたり出掛けたりした。
「俺と付き合ってもらえないかな?」
と彼から告白されたのは、3人で食事をした日から2週間も経っていなかった。




