遠いどこかの冬の夜
初投稿です。冷ややかな目でいいんで見守ってやってください。
とうとうこの町にも冬というものがまたやってきた。この町は北の方位に属しているため、ただでさえ凍えるような寒さだというのに今日は雪が降り積もったので太陽の沈んだ夜はいつにも増して寒かった。
町行く人は皆厚着をしている。しかしその中に少し変わった姿をした青年がいた。青年はボロ雑巾のような衣を一枚だけ身につけ、裸足で広場のベンチに座っていた。髪の毛は赤色をしていてかなり痛んでいるようでボサボサだ。彼の右手には古びたギターが握られている。おそらく持ち物はそれだけのようである。
そんな青年に一つの人影が近づいていった。
「よおリオ!また歌ってんのか?」
青年はその影に気づいていなかったようで声を掛けられると驚いてすごい勢いで顔を上げた。
「なんだ、ハンスか。なぁなんか奢ってくれよ、腹減りすぎて死にそうなんだ」
「何言ってやがんだ、歌ってばかりじゃ稼ぎになんねぇから仕事見つけろって言ってるじゃねぇか。しかも昨日奢ってやったろ?」
「一番安くてちっちゃいパンなんかじゃ腹は膨れないよ。あぁ~あ、一回で良いからお腹いっぱい食ってみたいなぁ」
「だったらまじめに働けって。まぁそうは言ってもこの時期じゃあんまり稼ぎにはなんねぇけどな。農家のやつが出稼ぎにでてきて人が多いのさ」
ハンスがそう言い終えた瞬間、町に鐘の音が鳴り響いた。時間を告げる鐘だ。
「おっともうこんな時間か。俺は仕事に戻るぜ。んじゃあな」
「ん、今度は奢ってくれよな」
「誰が奢るか」
そう言ってハンスは商店街の方に消えていった。
それを見届けたリオは深くため息をついた。
(歌ってるだけじゃだめだって分かってんだけどなぁ・・・)
ギターをポロン、と軽く鳴らしたところであまり人がいないことに気付いた。
「・・・大通りでもう一曲歌うか」
そうつぶやいたリオがギターを抱えて立ち上がったときにふとあるものが目に写った。籠を持った十歳ぐらいの赤い服を着た金髪の少女が中年の男性に泣きながらすがりついている。
「お願いです!一つ、一つだけでいいから買ってくださいッ!」
「いい加減にしてくれ!何度もいらないと言っているだろう!!」
「キャッ!」
そう言った男は少女の体を突き飛ばした。当然ながら男の力に少女が耐えられるわけがなく、少女は雪の上に転がった。
「フンッ貧乏人が」
中年の男は最後にそう吐き捨て住宅街の方に去っていった。
その様子を見たリオはポケットに手をやってみた。でてきた手の上には二枚のコインが乗っていた。
(あらら、今日の飯も食えねぇや)
ごめん、と一言心の中で少女に謝罪するとリオは大通りに向かって歩きだした。
◇
「当たり前の一日が本当の幸せだと気付いてほしいだけ~・・・・・・ありがとうございましたー」
リオが歌い終えると周りで立ち止まって聞いていた観客から乾いた音の拍手が彼に送られた。
「なかなか良い歌だったよ」
「また聴きに来て良いかい?」
そんなことを言ってくれる客としばらく会話が続いたが時間がたつと客たちは去っていった。
(結局誰も金くれなかったし・・・)
いつもなら気前の良い人たちが金を料金としてくれたりするのだが、今日は運が悪いのか誰一人金を置いてはいかなかった。
本来なら料金を取ると言っても良いぐらいリオは演奏も歌も上手いのだが、遠慮しがちなリオの性格上そんなことは言えなかった。
先ほどの広場の時と同じようにベンチに座りうなだれていると、先ほど客がいた辺りの雪の上にあるものを見つけた。リオは雪に飛び込むような形でそれを拾い上げた。
「おおおおお!!金あるじゃん!!これで飯食えるじゃん!!やったぁー!!」
リオは飛び跳ねるように喜びながらギターを抱えると商店街へ向かうため、広場へと引き返していった。
◇
「やった、やった、ご飯だご飯♪」
浮かれすぎてそんなことを口ずさみながら走っていたリオは広場につくとふと立ち止まった。彼の視線の先には先ほどの少女がまた違う男に泣きついていた。その顔は寒いからなのか、泣きすぎてなのかは分からないが真っ赤に染まっていた。
「あっ」
少女がまた地面を転がった。さらに男は少女の方へ歩み寄っていく。
そのときリオの足は既に動き出していた。
「すいませーん」
そう言ってリオは男の肩を掴んだ。すると男は舌打ちを残し立ち去っていった。
少女は大粒の涙をこぼし声をあげて泣いている。その様子を見てリオはどうしたらいいのか分からなくなった。
「ええと・・・」
そんなリオの呟きに反応して少女が顔を上げた。その顔は皮しかないようだったうえにたくさんの痣があった。恐らく先ほどの男のような他の者に殴られたのであろうと思われた。
それを見たリオはとっさにポケットに手をつっこみ全財産を掌に乗せながら少女の持つ籠を指さした。
「それ、お一つくださいな」
少女は先ほどまで泣きついてでも買ってもらおうとしていたのに何故か金を受け取ることを躊躇った。
理由は簡単だ。靴も履いていないような人から金を受け取ってもいいのか悩んだからだ。
そんな様子に見かねたリオは強引に少女の手を掴み金を握らせた。
「遠慮すんなって。俺はこんな格好してて確かに金だってあんまり持ってないけどさ」
リオはしっかり少女の目を見つめ言葉を繋いだ。
「そんでも楽しいことはいっぱいあるんだ、そんなもんなくたって幸せだよ。例えばこれ」
そう言ってリオは持っているギターをポロン、と鳴らして見せた。
「俺さ、ミュージシャンになるのが夢なんだ。夢は良いぞ、なんだか元気が出てくるんだ。君は夢あるか?」
「ううん、ないよ」
少女は渡された金を見つめ俯いた。そんな様子を見てリオは少女の頭を軽く撫でた。
「そうかー、じゃあ考えるところから始めないとな」
少女は、んーと唸ったあとバッと顔を上げた。少女はもう泣いていなかった。
「それじゃ私もみゅーじしゃんになる!」
その言葉を聞いてリオは微笑んだ。
「そっか。じゃあ今日からライバルだな俺たち」
「うん!私負けないから!」
ハハハと笑いながらリオは籠の中からマッチ箱を一つ取り出した。
「明日ここで歌うから見に来いよ」
「うん、絶対いく」
「一番得意な歌歌ってやるよ。んじゃあ、また明日」
それだけいうとリオは住宅街の方に足を進めた。
「お兄ちゃん!」
少女が叫ぶ。
「なんだ?」
リオが問いかける。
「ありがとぉ!!」
少女はなによりも明るく、笑って言った。
「おう!」
リオもつられて笑った。
腹が減っていたことも一文無しになった悲しさも彼の頭にはなく、あるのはどこか満ち溢れた感覚だけだった。
「ああ、今日も星が綺麗だなぁ」
そして今日が終わる。
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