第7章:通いすぎの騎士団長
魔法騎士団本部――執務室。
エドガー・ベルフォードは机に積まれた書類を眺め、深いため息を吐いた。
「レオン」
向かいの椅子には、銀髪の騎士団長レオン・ローゼリアが座っている。
いつも通りの無表情。
いつも通りの完璧な姿勢。
完璧すぎる、だからこそ――
「また薬屋行ってただろ?」
レオンの手が、ほんの一瞬だけ止まる。
その一瞬で、エドガーは確信した。
(ほらな、図星)
「業務だ」
即答。ただし顔には一切の説得力がない。
エドガーはにやりと口角を上げた。
「三日連続で?」
「魔力搾取事件の調査だ」
「北区で?」
「……そうだ」
エドガーは腕を組み、わざとらしくうんうんと頷いた。
「で、レオン?」
「……何だ」
「調査ってさ。薬屋しか行ってなくね?」
沈黙。
レオンは書類へ視線を落とす。
「……周辺の調査もした」
「へぇ〜〜?」
絶対疑っている声だ。
エドガーは畳みかけるように言う。
「じゃ、確認だけどさ」
「何だ」
「薬屋の名前は?」
レオンは反射で即答した。
「アレンだ」
言った瞬間、自分でも「あっ」という表情を浮かべる。
……ほんの一瞬だけだが。
エドガーはそれを見逃さない。
「うわ、覚えてんじゃん〜〜!」
「監視対象だからだ」
「はいはい」
エドガーは椅子に深く座り、脚を組む。
「団長さぁ」
「……何だ」
「女の名前は一つも覚えないくせに」
事実、レオンは“女性の名前を一切覚えない男”として王都では有名だった。
王都でも有名な美貌の令嬢が名乗っても「そうか」で流す。
社交界ではもはや伝説と化している。
「なのに薬屋の名前だけは覚えてんだよなぁ〜? あっれぇ〜?」
レオンは書類を置き、低い声で言う。
「副団長」
「ん?」
「暇なのか」
「めちゃくちゃ忙しいけど?」
「なら仕事をしろ」
エドガーは声を上げて笑った。
「してんだよ、団長の恋愛観察をな」
レオンは無言で立ち上がる。
「恋愛ではない」
「ほーん? じゃあ何?」
「警護だ」
エドガーは肩をすくめる。
「薬屋の?」
「魔力が特殊だ」
「はいはい、出た出た」
絶対に信じていない顔だ。
レオンはそのままドアへ向かう。
「どこ行く気?」
「巡回だ」
「……で? 北区、だよな?」
レオンは答えず、扉を閉めた。
エドガーはくくっと笑う。
(あーあ。分かりやすいにもほどがある)
本人は無自覚。
だがエドガーには丸見えだ。
――あれは、特別に気になる相手に向ける態度だ。
◆ ◆ ◆
同じ頃、王都北区――薬屋。
アレンは薬草を刻みながら首を傾げていた。
「うーん……」
包丁の軽い音が店に響く。
「騎士団長って……暇なのかな」
三日連続で来る。
王都で一番忙しいはずの人が。
そしていつも同じことを言う。
「『警戒しろ』」
「『異常はないか』」
「『一人で出歩くな』」
どう見ても心配している。
「いやいやいや……仕事だから、うん。仕事だよね」
自分に言い聞かせた、そのとき。
チリン。
扉のベルが鳴く。
「いらっしゃ……」
アレンの声が止まった。
銀髪。
長身。
黒い外套。
レオンだった。
思わず笑みがこぼれる。
「今日も巡回ですか?」
レオンはほんの少し視線を逸らした。
「……そうだ」
(絶対、まずここに来てる……)
アレンは心の中で小さく突っ込んだ。
レオンは店内を見回す。
客なし、異常なし、平和そのもの。
「薬はあるか」
「どんな薬を?」
レオンはほんの一瞬だけ考え――
「……疲労回復だ」
アレンは小さく笑った。
「騎士団長でも疲れるんですね」
「仕事でな」
「知ってますよ」
アレンは瓶を手渡す。
指先が触れた。
ほんの短い接触。
だが魔力の流れが揺れる。
レオンの瞳がわずかに細くなる。
(やはり……強い)
異常なほど澄んだ魔力。
アレンは気づいていない。
――そのとき。
店の外。
通りの向こう。
紫のローブをまとった男が立っていた。
フードの奥の紫色の瞳が鋭く光る。
「……強いな」
低く漏れた声。
「アレは……いい」
闇魔導士だ。
男は薬屋の中――アレンをじっと見据え、
口元をゆっくりと吊り上げる。
「あの時、奪いそこなった者か」
静かな王都の朝。
その裏側で、闇は確実に近づいていた。
アレン→疲労回復薬ってやっぱり苦いよなぁ……。騎士様は平気なんだろうか。あの人、強そうだけど味の好みまでは分かんないし。
レオン→なぜここまで彼のことを気にかけてしまうのか、自分でもまだ腑に落ちない。
初めて口にした疲労回復薬――思わず自室で顔を顰めた。……これを平然と飲んでいるのか、あの青年は。




