第5章:副団長の勘
魔法騎士団本部は、ヴァルディア中央区の高台にそびえていた。
白い石造りの巨大な建物は、遠目にも目立ち、
まさに王都を守る象徴と呼ぶにふさわしい。
その最上階――
静かな執務室で、レオン・ローゼリアは報告書に目を走らせていた。
机には書類の束が山のように積まれ、
騎士団長の仕事が戦うだけではないことを物語っている。
むしろ、こうした書類に追われる日の方が多いほどだ。
「……魔力搾取の被害者、三名」
低い声で呟く。
三人に共通しているのは、いずれも“強い魔力を持つ魔導士”であること。
奪われた量は少なく、命に別状はない。
だが、闇魔導士が確実に“試している”。
その不気味な意図を思考したところで――
執務室の扉が、ノックもなく開いた。
「おーい、団長ー」
軽い声とともに入ってきたのは、
茶の髪を片側だけオールバックにした長身の男。
エドガー・ベルフォード。
魔法騎士団の副団長であり、レオンの幼馴染でもある。
「……ノックをしろ」
レオンは書類から目を上げずに言う。
「ノックしたらつまらないだろ」
「仕事中だ」
「つれないなぁ」
エドガーは勝手に椅子へ腰を下ろし、
机の上の報告書をひょいとつまみ上げた。
「魔力搾取事件か」
「読むな」
「もう読んだ」
さらっと報告書を流し読みし、顎をさする。
「三件か。地味に増えてきたな」
「……ああ」
「闇魔導士の仕業だろ?」
「可能性が高い」
エドガーは揺れる椅子に身を預けて言った。
「最近さ、街でも噂聞くぞ」
「噂?」
「魔力を吸われた魔導士がいるってやつ」
レオンの目がわずかに細くなる。
「情報源は」
「酒場」
「信用度が低い」
「でも当たるときは当たる」
にやっと笑うエドガーに、レオンは眉をひそめた。
「……で?」
「何だ」
「お前さ」
エドガーは顎に手を当て、にやにやしながら言う。
「最近、北区に行ってるよな?」
レオンの手が一瞬だけ止まった。
それだけで、幼馴染には十分だった。
「……巡回だ」
「ふーん」
完全に疑っている顔だ。
「北区ってさ」
「何だ」
「薬屋あったよな」
沈黙が落ちた。
数秒。
「……何が言いたい」
レオンの声が低くなるが、
エドガーは完全に楽しんでいる。
「いやぁ? 別に?」
くるりと椅子を回しながら、
「ただ、お前が同じ場所に何度も行くって珍しいからさ」
レオンは報告書を閉じた。
「事件の可能性がある」
「ほー」
「闇魔導士の襲撃があった」
「ほーほー」
「護衛対象だ」
「ほーほーほー」
エドガーの増える“ほー”が完全に遊んでいる。
レオンは無表情で言い放った。
「仕事だ」
エドガーはしばらく黙り、
それから唐突に訊いた。
「……その薬屋」
「……」
「男?」
レオンが沈黙した瞬間――
エドガーは吹き出した。
「まじか!!」
レオンの視線が氷のように冷たい。
「笑うな」
「だってだって!!」
エドガーは机を叩きながら笑い続ける。
「お前、女性に興味ゼロだったじゃん!」
「興味はない」
「じゃあ男には……?」
「違う」
レオンは即座に否定した。
「ただ……」
一瞬だけ言葉を探し、
「気になる」
エドガーの笑いがぴたりと止まる。
「……レオン」
「何だ」
「それ普通にさ」
エドガーは口元を引きつらせながら言う。
「恋の入り口じゃね?」
沈黙。
レオンはじっとエドガーを見た。
「ありえない」
「そうかぁ?」
エドガーは腕を組んでにやにやしている。
「じゃあ今度、俺もその薬屋行っていい?」
「来るな」
即答だった。
「なんで」
「騒がしくなる」
「もう騒がしいだろ」
「私は騒がしくない、お前が来ると騒がしい」
エドガーは肩をすくめ、立ち上がった。
「冷たい幼馴染だなぁ、ほんと」
扉へ向かいながら振り返る。
「でも――気になる男、ね」
楽しそうに笑い、
「面白くなりそうだな」
扉が閉まり、静けさが戻る。
レオンは椅子に背を預け、深く息を吐いた。
「……恋ではない」
そう呟きながらも、脳裏には浮かぶ。
薬屋の青年。
穏やかな笑顔。優しい声。
そして――
あの異質なほどの魔力。
レオンはゆっくり目を閉じた。
「……確認する必要がある」
立ち上がる。
行き先は、すでに決まっていた。
王都北区――薬屋。
レオン→エドガーとは子どもの頃から家族ぐるみで付き合ってきた。同い年で気心は知れてる……はずなんだが、からかわれると、ついあいつの前だけむすっとしてしまう。あれは癪だ。
エドガー→レオン、昔はもっと表情豊かだったのになぁ。なんでこんな無表情男になっちゃったんだか……。でも薬屋に通ってるって聞いてからは、からかうネタができて最高に楽しい。




