第9章:本体の影 ― 現れる“影王(えいおう)”と、烏の封印
夜の帳が降りた頃。
空気が、静かなのに“ざわついて”いた。
連はベランダで外気を吸いながら、
胸の奥に湧き続ける異様な感覚に眉を寄せる。
「……来る。」
そう呟いた瞬間だった。
世界が一瞬だけ“暗転”した。
部屋の照明が落ちたわけではない。
月が雲に隠れたわけでもない。
影そのものが、世界を覆った。
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■影王、現る
リビングの床に落ちている“影”が揺れた。
自分のでも、家具のでもない。
それは“この部屋に存在しない何かの影”だった。
その影は背を伸ばし、立ち上がり、
やがて巨人のような人型を作る。
目にあたる部分が赤く光り、
口らしき裂け目がゆっくりと開いた。
> 『……久しいな、黒き翼の神よ。
今度こそ、お前の魂を喰らい尽くす。』
――影王。
影群を束ねる、本体。
さやは息を呑んで連の後ろに隠れる。
連は無意識に影を広げた。
背中の黒翼の紋様がじわりと発光する。
> 「烏……来い」
呼びかけると、連の足元の影が膨張し、烏の姿が浮かび上がる。
しかしその声は――
どこか苦しげだった。
> 『……連……気をつけろ……あれは……
我が堕天した時に生まれた、影の王だ……』
影王は嗤う。
> 『妻を失ったお前の絶望と憎悪……
その黒き感情こそ、我を生み、育てた。
我こそ“烏の闇の半身”よ。』
連は驚愕に目を見開いた。
烏の……闇の半身?
さやが震える声で言った。
「じゃあ……烏さんと同じ、神の力?」
> 『否。
烏が捨てたはずの“怒り”と“呪い”だけで形づくられた存在だ。
神ではなく、呪いそのもの。』
影王の体が黒い霧のように広がる。
空気中の影が吸い寄せられていく。
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■影王の企み
影王はさやへ視線を向けた。
その赤い目が、氷のように尖っている。
> 『その魂……ようやく見つけたぞ。
我が生まれる原因となった女の魂。
今度こそ完全に“黒”へ染め上げ、
烏を永遠の闇に堕とす』
さやの体が一瞬にして硬直する。
「や……め……!」
連が咄嗟にさやを抱き寄せる。
しかし影王はさらに一歩、影を伸ばしながら嘲笑した。
> 『烏。
お前が最も恐れるものを思い出せ。
——愛する者を、守れぬまま失うことを。』
烏が震えた。
力ある神の声とは思えないほど、弱く震えていた。
> 『……連……すまぬ……
我の存在が、お前たちを危険に晒している……』
連は叫ぶ。
「弱気になるな!
俺は……俺は絶対に沙耶も、お前も守る!!」
その言葉を聞いた瞬間――
影王の影が大きく揺れた。
> 『では見せてもらおう。
その意志が……神の呪いを超えるかどうかをな。』
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■烏の封印
影王の手がかざされると、
周囲の影が一斉に渦を巻いて烏へ襲いかかる。
烏は抵抗するが、影の半身である影王には歯が立たない。
> 『ぐ……っ……これは……!』
影の鎖が烏の四肢を絡め取る。
連が叫ぶ。
「やめろ!!」
影王は冷たく告げた。
> 『“封印”だ。
お前の半身である黒き翼の神を沈黙させる。
お前が守りたいというなら、力を奪うのが合理的だからな』
烏の体が薄れていく。
まるで影へ戻されていくように。
> 『連……沙耶……すまぬ……
我は……少しの間……姿を……』
そして――
烏は完全に“影の中へ沈んだ”。
影王は満足げに笑う。
> 『さあ、連。
力を失った今……お前はただの人間だ。
守れるものなら、守ってみよ。
その女の魂が黒く染まるまで……あと少しだ』
さやの影が、黒い炎のように揺らめき始める。
連は拳を握り締めた。
烏を奪われた痛み。
大切な人がまた狙われている恐怖。
だがそれ以上に――
二度と同じ過ちを繰り返さないという、猛烈な怒りが湧き上がっていた。
その怒りが、背中の黒翼の紋様を熱くした。
そして連は叫んだ。
「烏がいなくても……俺は、お前を倒す!!!」
影王が嗤う。
> 『ならば見せてみろ。
烏のいない、ただの人間の戦いをな』
暗闇が唸りを上げ、
連の“第二の戦い”が始まった。




