第8章:烏の記憶 ― 前世での愛と裏切りの真実
影群を退けた夜。
外の風は凪いでいるのに、連の胸の中だけがざわついていた。
ソファに座るさやの横で、連は額を押さえる。
「……さっきの戦いのあとから、
頭の奥がずっと熱いんだ。何かが……流れ込んでくるような」
そのとき——
> 『それは“記憶”だ、連。
我——烏の失われていた記憶の断片。
そして、お前と“さや”にとって避けては通れぬ過去だ。』
烏の声が、今までになく沈んで響いた。
さやが不安そうに見つめる。
「……前世の話、なんだよね?
どうして私、烏のことを知っていたんだろ……?」
連はさやの手を握る。
その瞬間——二人の視界が白く染まった。
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◆【記憶の回想:古の神とひとりの人間】
まぶたの裏で別の世界が広がった。
――そこは、神々が空を歩き、人がそれを見上げて暮らす古の時代。
雪のように白い髪と、光を反射するほど純白の翼を持つ神が立っていた。
優しい目で微笑み、手を差し伸べる相手は——
前世の“さや”と同じ顔をした女性だった。
烏の声が、過去の光景とともに流れる。
> 『我は元は“白き翼を持つ神”と呼ばれた存在。
人を愛し、守り、祝福する……そんな、ただの神だった』
女性は神を恐れず、むしろ柔らかく笑った。
神は彼女を愛し、彼女もまた神を愛した。
そして二人は夫婦となり、
穏やかな日々を過ごしていた。
だが——
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◆【裏切り】
場面が変わり、空が焦げたような赤黒い色に染まる。
家の扉は破壊され、中では泣き叫ぶ女性。
その周りには——
醜く歪んだ笑みを浮かべる人間たち。
烏の声は低く、怒りを押し殺したものに変わった。
> 『あの日……人間の嫉妬が、彼女を襲った。
神に愛された人間が許せぬと、
自分より幸せなのが憎いと……
彼らは彼女を傷つけ、辱めた』
神は遅れて彼女の元へ駆けつけた。
その手は血に染まり、衣は裂かれ、命は揺らいでいた。
彼女が神に触れようと伸ばした指先は震え——
そのまま、力なく落ちていった。
その瞬間、神の白い翼が黒く焼け焦げた。
> 『我は……怒りに呑まれた。
彼女の死を認められず、人間を……皆殺しにした』
神は堕ちた。
白き翼は漆黒の羽へ。
祝福の神は、呪いと怒りの烏となった。
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◆【転生の真実】
世界が再び白に染まり、連とさやは現在へと戻ってくる。
さやの肩が震えていた。
「……私、あの女性……前世の私……烏さんの……」
涙が頬をつたう。
連はそっとさやを抱き寄せた。
「そうか……お前が……烏の愛した人……」
烏は静かに言葉を続けた。
> 『彼女の魂は汚れなかった。
輪廻の流れで再び“人間”として生まれ直した。
——それが、沙耶だ』
連は息を呑む。
「じゃあ……俺は?」
烏は、一拍置いて答えた。
> 『お前は……彼女を守るために選ばれた“器”。
だがそれだけではない。
お前には——あの日、我が見せた“願い”に応えた勇気があった』
さやは連の胸に顔を埋めた。
「私を……守るために……連は……」
連は強く手を握る。
「前世とか神とか関係ない。
今の俺は……“今の沙耶”を守りたいだけだ」
烏の声がかすかに震える。
> 『……あのとき救えなかった妻を……
今度こそ、お前が守ってくれるのだな』
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◆【影群の真の目的】
烏は最後に、最も危険な真実を告げた。
> 『影群は……前世で彼女を襲った“人間の怨念”が、
我が堕ちたときに生まれた黒い呪いを喰らって育ったもの。
彼女の魂を再び汚し、
我を完全に“闇の神”へ戻すために動いている』
連の表情が鋼のように固まる。
「そんなこと、絶対にさせない……!」
> 『連……
次に来るのは、“影群の本体”。
それを倒さねば、この世は二度目の滅びを迎える』
連の影が、不気味に波打った。
沙耶の手は震えながらも、連の影へそっと触れる。
影は、それに応じるようにゆらりと形を変えた。
——烏は、もう孤独ではない。




