第4章:黒翼の片鱗 ― 初戦闘と記憶の断片
黒い霧の獣が飛びかかってきた瞬間、
連の背中で“何か”が破裂した。
ビキッ! と骨が広がる衝撃。
皮膚を割って、黒い光の羽根のようなものが飛び出す。
「っ……ぐ、あああああッ!」
痛みは鋭いのに、どこか懐かしい。
まるで“本来の形に戻る”ための激痛のようだった。
同時に、獣の前脚が連の頭を砕こうと振り下ろされ――
ドンッ!!
不可視の衝撃波のようなものが獣を弾き飛ばした。
獣は床を削りながら壁に叩きつけられ、黒い霧を撒き散らす。
「連っ、今の……あなたが?」
「わからない……勝手に……身体が……!」
背中の“黒翼の根”が脈動し、
連の鼓動と同じリズムで震えていた。
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■記憶の断片が流れ込む
立ち上がろうとした瞬間、
連の視界に“別の世界”が一瞬だけ重なった。
荒野。
焼け焦げた空。
黒い翼を広げた男が、朽ちた都市の上に立っている。
白髪。
白い翼の名残。
だが、その羽は血のような黒に染まっていた。
男は人間ではない。
“神”としか言いようのない気配。
男の背後には、倒れた女性の姿――
彼の妻だったのだろうか。
『我は堕ちた。
白を捨て、烏の名を冠する者……』
声が響いた。
その声は、連が海中で死にかけた時に聞いた声と同じだ。
「――烏……!」
連は思わず呟く。
記憶の映像が霧散し、現実が戻る。
だが確信した。
あの古の存在“烏”と、自分の力は繋がっている。
いや――繋がっているどころではない。
連の中にその力が“入り込んでいる”。
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■獣の反撃
その時、壁に叩きつけられた獣が、黒煙を巻き上げながら立ち直った。
「――黒翼ノ……器……!」
その声は叫びではない。
まるで崇拝者が祭壇に祈る時のような響きだった。
獣は再び連へ突進する。
連は咄嗟に腕を上げる。
その瞬間――
連の影が、勝手に動いた。
床に落ちた連の影が“実体”を持つように盛り上がり、
影の腕が獣の頭を掴んで地面に叩きつける。
「えっ……俺、動かしてない……!」
「連……あなたの体、完全に人間じゃない……!」
恐怖と同時に、連は理解していた。
これは烏の力の一部。
まだ“片鱗”――本当の黒翼の力は目覚めていない。
獣が連を見上げ、かすれた声で呟く。
「堕天ノ王ニ……選バレシ……器……」
「違う……俺はそんなものになった覚えはない!」
「選バレタ以上……逃レラレヌ……」
獣の身体が崩れ、黒煙となって消散していく。
消える直前、獣が最後に残した言葉は――
「“影ノ門”……開ク……」
黒煙は完全に霧散した。
静寂が戻る。
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■残された“痛み”と“疑問”
連の背中はまだ熱を帯びていたが、翼は消えていた。
「連、大丈夫……?」
沙耶が胸に飛び込んでくる。
その抱擁の温もりで、連はようやく呼吸を取り戻した。
「俺……どうなっちまったんだ……」
沙耶は震えた声で答える。
「連。あなたは――
“烏”に選ばれた、黒翼の後継者よ」
「後継者……って何だ……!」
「それは……私も全部は知らないの。
ただ、あなたが生き返ったのは“あの存在の力”を受け入れたから……」
沙耶の言葉に、連は自分の鼓動が変質していくのを感じた。
まるで、自分の身体に“別の鼓動”が混ざっているような――そんな奇妙な違和感。
だが連は強く抱き締め返し、沙耶の耳元で呟いた。
「俺は絶対に……沙耶だけは守る」
その誓いの裏で、
背中の黒翼の紋が静かに脈動していた。
――“影の門”。
獣が遺した言葉の意味はまだわからない。
だが確実に、何かが始まっていた。




