ep 1 血のような切符
夜の駅前は、人の気配が少なく、風だけが冷たく吹き抜けていた。
俺は終電を逃し、ベンチに腰を下ろしていた。明日も仕事、いや今日か。眠気よりも、胸の奥に澱のように溜まった空虚さの方が重かった。
スマホの画面を見ても、メッセージはひとつも届かない。
友人も家族もいないわけじゃない。ただ、誰に会っても心が満たされることはなかった。
——いつからだろう。何をしても「生きている実感」が薄れていったのは。
ふと、目の端に光が映った。
古びた券売機の奥に、一枚だけ取り残された切符が差し込まれていた。
ありえない。こんな時間に?
半信半疑で手を伸ばし、取り出す。
切符には、見慣れない文字が刻まれていた。
——「行先:彼方ノ郷」
見間違いかと思ったが、何度見ても同じだった。
そして、その右下には小さく薔薇の印が押されていた。
まるで血が滲んだような深い色合い。
俺は半ば冗談で、切符を改札機に通した。
ピッ、と短い音。
……なぜか、扉が開いた。
ホームに降りると、電車が一両だけ止まっていた。
窓の中は暗い。だが、俺の足は勝手に動いていた。
ドアが閉まり、電車がゆっくりと走り出す。
トンネルを抜けると、窓の外に広がっていたのは見慣れた街ではなかった。
赤色の空、二つの太陽、見知らぬ草原。
心臓が大きく跳ねた瞬間、電車はふっと消え、僕の体は草の上に投げ出されていた。
——そして、最初に見たのは、赤い変な生物だった