人を助けろだと?2
俺も階段を二段飛ばしで上がっていき、自室のドアを勢い良く開けた。
すると、部屋には俺のベッドで寝そべっている"神様"がいた。
「ようっ!」
「ようっ! じゃねえんだよこのアホッタレ! じっとしてろって言ったろ!?」
「だって遅かったんじゃもーん」
ベッドの上をゴロゴロ転がりながら大人は言わない子供の様な反論をする"神様"。こんなのが本当に"神様"らしいのだから泣けてくる。
「とりあえず、今度こそじっとしてろよ! 分かったな」
「えー。儂暇だなー退屈だなー今週の日曜日朝一〇時から外へ出て人助けしながら買い物とかしないと儂また下に降りて裸でポールダンスしそうだなー」
「ちゃっかり要求いれてんじゃ……ああもう、じゃあ今度の日曜日にどこか連れて行ってやっから――」
「本当か!? ならじっとしておる!」
こいつは……連れて行くって言った瞬間に手の平返しやがって。てか"神様"が人間の世界に興味あんのか? もういいや、考えるのめんどくせ。
「じゃあじっとしてろよ」
「御意!」
満面の笑みで親指をグッと立ててきた。ああ、切実にあの親指を折ってやりたい。
少し憂鬱になりながら"神様"を残して部屋を出て一階に下りた。リビングに着くと、ソファに座っている馬渕は眼を閉じて頭をゆらゆらと揺らしている。
こいつ眠いのか? まだ六時半だぞ?
「おい」
「おおう!? な、なんだ優山!」
俺が声を掛けると、身体をビクッと反応させながらびっくりした表情を見せてきた。
「なんだ、じゃなくて眠いのか?」
「い、いや、大丈夫だ! 昨日色々と委員会の仕事があってな! 少し寝てないだけだから」
あきらかに無理をしているのが分かる。どうせこいつの事だから徹夜でもしたんだろう。あくまで感だがな。
「眠いなら無理しないで帰れ」
「なっ! し、心配してくれてるのか? あ、ありがとな」
驚いてるのか照れているのか分からんが、俺が言った言葉が少し信じられない様子だ。……まてよ? これはいけるかもしれない。
「俺だって心配くらいはするさ。お前どうせ徹夜でもしたんだろ?」
「っ……! いや、少し寝たから大丈夫だ」
「嘘つかなくていいから。俺を説得しにきて自分の身体を壊したら元も子もないだろ? お前の話は前向きに考えるよう善処するからさ。今日は帰りなって」
「あ、うっ」
何も言い返せないのか馬渕は少し俯いてしまった。よし、ここだな。
「お前が好きだから言ってるんだぞ。だから頼むマジで帰ってくれ」
おえ、自分で言っておいてあれだが、クサくて吐きそうになる。
少し最後の方は本心が少し滲み出て強く言ってしまったが、効果はあったようだ。顔を赤くしながら口をぱくぱくさせている。すると、頭の中の整理がついたのか、深呼吸して言葉を吐き出した。
「よ、よし分かった。か、帰る」
スッと立ち上がった馬渕は、窓際に置いてある革靴を手に取って、少し急ぎ足で玄関へと向かっていく。
よし、作戦成功。
そのまま玄関に行き、手に持ってる革靴を履いた馬渕は、首だけをこちらに向けて目線を合わせず、言葉を紡ぐ。
「じ、じゃあ帰るから。また明日な?」
「送っていかなくて大丈夫か?」
送る気なんて毛頭ないが。
「そ、そこまで気を遣わなくて大丈夫だ。で、では!」
慌てながらドアを開け颯爽と出て行った。いや、疲れた。本当に疲れた。
ガクンと肩を落としてリビングのソファに全体重を預けると、知らない内に俺の頭上にいた"神様"がフフンと笑った。
「おぬし、なかなかやるではないか」
「何がだよ。てか見ていたってどこから見てたんだよ」
不機嫌を顔に出して、"神様"に言うと、俺の目の前まで降りてきた。
「二階からじゃよ? その気になれば儂は物を透かして見る事が出来るからのぉ。しかも、儂の聴力はやろうとすれば半径十キロまでなら聞こえるからの。どうじゃ? 凄いじゃろ? だからこんな事じゃって・・・・・・」
うざいドヤ顔をしながらの自慢話を終えたら、俺の事をまんべんなく、舐め回すように見てくる。特に股間。
「ほうほう……ぬし、中々良いものを持っておるな。将来は女泣かせに――」
「透かすなああああああああああああ!!」
手で股間を隠して必死に透視を防ごうとしているが無駄なようで、手をいやらしく動かしながら近づいてくる。
「フッフッフ、ぬしはどうせ童貞なのじゃろう? 何なら儂が筆下ろししてやっても――」
「死ね」
"神様"の言葉を辛辣な言葉で遮った俺は、ソファを立ってリビングを出る。
「何処にいくのじゃ? まだ話すことは山ほどあるんじゃぞー?」
「風呂だよ。後でちゃんと聞いてやっから二階で待ってろ」
"神様"を尻目にリビングのドアを閉め、風呂場に着くと、制服をそこら辺に投げ捨て下に着ているワイシャツをパンツを洗濯機の中に放り込んだ。
あー……今日は疲れたなぁ。"神様"と言い、馬渕と言い、何なんだあいつらは。
シャワーを浴びながら頭の中で愚痴をこぼす。
「はぁー……」
今日一番の溜め息をついて頭を洗ってる最中に、背中に何か悪寒が走り、悪夢が始まる。
「お邪魔するぞー」
はっ?
聞き覚えのある声、いや考える必要もない。"神様"だ。
「何やって、んだ!」
後ろを振り向くと、タオル一枚で仁王立ちしている"神様"を見て言葉を失ってしまった。
不覚にも、いや本当不覚にも、"神様"に見惚れてしまった。いやらしい意味……もあるが、神々しい。さっきもチラッと見てしまったが、よく見ると凄く良いスタイルをしている。タオル越しにでもそれが分かる程に。
「痛っ!」
数秒間見惚れていたら、頭のシャンプーが右目に入った。早く流そうと前を向きなおした時に左目にも泡が侵入してきやがった。
痛ってえ、シャワーシャワー……。
前が見えないから手探りでシャワーを探すが、いくら模索しても手にシャワーの感触が当たらない。
「おい"神様"、シャワーを取ってくれ」
「嫌じゃー」
「嫌じゃー、じゃなくて取れ。目痛てぇんだよ」
「ぬしにシャワーを渡したら流して儂を追い出すじゃろー? だ、か、ら、い、や、じゃ!」
表情は見えないが、声色で分かる。こいつ今絶対笑ってやがる。てか冗談抜きで目が痛いんですけど。早くしてくれ。
「いいから取れっつってんだろ!」
少しキレ気味で口調で言ったら、少しの間を置いて"神様"が喋った。
「そんな怒りなさんな。じゃあ儂がぬしの背中を流してからな! これから当分一緒に過ごすんじゃ。仲良くやろうぞ? 話したいことも色々あるからの」
「んなのここじゃなくてもいいだろひゃ!」
突然"神様"が背中を指でなぞってきたせいで思わず反応してしまい、声が裏返ってしまった。
「んふふー、ぬしは可愛いのー」
指が行ったり来たりしていて、もう目の痛みよりこっちの方がしんどくなってきた。
「て、てめえ、今すぐやめないと、ぶ、ぶっ飛ばす」
ビクつきながら声を出すと、スッと指が背中から離れた。
「や、やばいぞおぬし・・・・・・可愛いぞ!!」
ガバッと"神様"は後ろから抱き着いてきた。
「ちょっ離れろ、離れろっての!!」
まだ目が開かないので、暗闇の中とりあえず俺の腹をホールドしている腕を掴んで思い切り引っぺがそうとしているんだが、更に強くぎゅうっと抱きしめてくる。てか、当たってます。何がとは言わんが。
「いやじゃー。ぬしはギャップが萌える! 年上はそれが好きなんじゃ!」
「別にお前なんかの好みなんぞ知らん! いいから離れろ!」
全力で腕を取っ払うと、不機嫌そうに言葉を漏らして離れた。
「仕方がないのう……」
残念そうに言葉を発した"神様"は何かを掴んでワシャワシャと擦っている音が耳に入ってきた。
「よいさ」
それを背中に付けてごしごしと程よい力加減で背中を洗ってくれている。観念して素直に洗わせていると"神様"が突然口を開いた。
「のう、おぬし」
「……んだよ」
本当はもう目はそれほど痛くないんだが、ここにきて"神様"が初めて真剣な雰囲気を出してきたので、思わず唾を飲み込んだ。
「………いきなり押し掛けておぬしには迷惑を掛けている事は承知している。申し訳ない。しかし、儂はおぬし、……京介には死んでほしくないんじゃ。神様と言う立場なのに自分の私利私欲で個人に肩入れするなど……神様失格じゃ」
自嘲気味な乾いた笑いを落とし、"神様"はそれ以上何も口にはしなかった。
何だよ、いきなりおしとやかになりやがって。
どんな言葉を掛ければいいか迷っていたら、"神様"が吹っ切れたように声を出した。
「あー! もう考えてたら埒があかんな! ほれ、洗い終わったぞ!」
バチッと背中を思い切り平手打ちされた。
「痛った! おい!」
返事はない。痛みが引いた目を開け、後ろを振り向くと、少し、寂しそうな表情をしながら俺と目があった"神様"は笑った。俺でも分かる、無理して作った笑顔ってのは。
その笑顔を見たら、言葉が喉に詰まって何も言えなくなってしまった。
そしたら、まだ頭を流していない事に気が付いたが、気付いた時にはもう遅く、頭から泡の塊が両目にまた入ってきた。
「痛っ!」
反射的に顔を背けてしまうと、今度は優しく手の平を背中にポンっと置かれた。
「おぬしは面白いのう。さて、儂はもう出るとしよう」
俺の耳元でクスッと笑い囁いて、風呂場のドアを開ける音が聞こえ、そのままドアを閉める音が浴室に響く。一人になった浴室には微妙な空気と沈黙が流れている。俺は自分でもよく分からない感情が胸の内をぐるぐると渦巻いて仕方がなかった。
その後は、ゆっくりと身体を洗って風呂を出た。
だけど、全然さっぱりしない。身体はさっぱりしたけど、俺の胸の中はぐるぐるしている。感情というか、何というか言葉で言い表しにくい物が胸にしこりを残した。
てか何で俺がこんなふうに悩まなきゃいかんのだ。捨てたい、あんな"神様"に悩まされてしまうこの脳味噌を投げ捨てたい!
心の中で愚痴りながら身体を拭き終えると予め用意して置いたパンツを履く。そのまま浴室のドアを開けて廊下に出ようとした時、この格好はまずいと気付いた。
あいつも一応女、女として分類はしたくないが、さすがにパンツ一丁は駄目だな。
しかし、"神様"の野郎に見つからず自室まで行かなければならない。確実に見つかったら何かをしてくるだろうな。
俺は浴室のドアから頭だけを覗かせ、あいつがいないことを確認し、足音を立てないように自室へ向かう。
向かい際にリビングを覗くと、あたかも自分の家でくつろいぎ、ソファに寝転がってテレビを見ている"神様"が一人。
よし、これなら気付かれないでいけそうだな。
と思ったが、クソッタレな脳味噌米粒なあいつも"神様"は"神様"だった。
「ちょいこっちこい」
あいつはこちらも見ずに、ソファの死角から手を覗かせ、人差し指でちょいちょいと招いてきた。
「後で行く」
冷たく言い放ち、ただちにダッシュで階段へ向かう。
分かってた、逃げれない事なんて分かってたよ……。
いきなり誰かに首を掴まれたような感覚に陥り、ワイヤーアクションよろしく並みに身体が宙に浮きながら後ろへ引っ張られ、見事、"神様"が寝転がっているソファに背中を強く打ちつけた。
「うげっ!」
背中を打ちつけ肺から空気が軽く抜け、少しの間呼吸が整わなくなった。そんな俺の苦しみをよそに、"神様"は涼しい顔でソファの死角から顔だけを出した。
「のう、おぬし」
「んだよっ!」
平然と話しかけてくるこいつに苛立ちの感情を込めた言葉をぶつけ、まだ整っていない呼吸をそっちのけでその場で立ち上がった。
「……」
すると"神様"は俺のある一点を目を見開いて凝視している。
その凝視している箇所……そう、俺の股間だ。パンツに隠されてはいるが、どうせ無駄なんだろうな……。
「おぬし、もうこれはオッケーサインか? え? サインなのか? え? え? いただいて――」
「頂かせるわけねえだろうがボケッ!!」
そして、今日から俺の想像も付かないような日常が始まったんだ。