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神記一転。  作者: 雨彩虹
"神"からの命令
1/3

人を助けろだと?

 朝、耳元で鳴りやまない不協和音で俺は眼を覚ました。


「……眠ぃ」


 ベットから降りて、カーテンを開けると眩しい朝日が俺の身体を包みこむ。だからと言って、湧き上がってくるのはだるさと面倒くささだけだ。

 今日も何時も通りに学校があるのか……面倒くさいから少し遅刻してから行くか。……と思ったがやめた。自分でも良くは分らない。


 取り合えず制服に着替えたらスクールバックを手に取り、寝癖でぼさぼさの頭を整える為、一階にある洗面所へ向かう。階段を一段一段覚束ない足取りで降りて行くと、包丁で何かを切る音がリズミカルに俺の耳へ届いてきた。

 そして、そいつは俺の存在に気づくと、元気良く俺に挨拶を交わしてきた。


「おっ、京介きょうすけおはよう! 珍しく今日は起きるの早いわね」


 今、包丁をリズミカルに降ろしながら料理を作っているのが俺の母、取り合えずうざい。


「今日の朝ご飯はね、京介の好きな肉だよ!」


 肉ってアバウトすぎんだろ。てか毎度毎度俺に話しかけてくるなって言ってるのが分らないんかこいつは。


「いらね」


 俺はただそれだけを吐き捨て、髪を直すべく洗面所へ向かおうとすると、ちょ、分ったって、食うから包丁片手に歩み寄ってくるな。


「……食うよ」


「分ればよろしい!」


 はあ……うざい。親なんていらねえよ。


♂♀


 まあその後は特に何もなく朝食を食べ終えた。親が昨日あった出来事とか仕事の話とか色々と俺に話し掛けてきたりしたが、そこまで俺に気を遣って話し掛けてこなくていいよ。むかつくから。

 ああもう、髪直さなくていいか、学校いこう。

 スクールバックを手に取り、学校へ向かうべく玄関に向かう。


「あらっ? もう学校行くの?」


「……」


 俺は無視して玄関に足を運ぶ。俺が座って靴を履いている時に、何かが俺の頭にドサッと置かれた。そして、聞こえてきたのが、活気強い明るい声。


「ほら、育ち盛り何だから栄養ちゃんと取らないとね。いってらっしゃい!」


「……」


 もう考えるの無駄だ。俺は返事もせずに外へ出て、玄関のドアを勢い良く閉める。今日は快晴、雲一つ無い青空。燦々と太陽の光が俺の視界を照らしている。よくこんな日には清々しい気持ちになると言うが、俺は全くならん。


 俺は何時も通りの道を歩き、学校に近付いていく程に、俺と同じ制服をした生徒がちらほらと視界に入ってくるようになった。そいつらは俺を見た途端、友達とあからさま俺を見ながらコソコソと話をしたり、俺をまるで異端な物を見るような目つきで見てくる奴もいる。もう分っているだろうが、俺は正直物凄く評判が悪い。特に男子。態度、性格、無愛想な顔、とにかく俺の全部が気に食わないらしいな。まっ、俺にとっちゃそんなのどうでもいい事なんだが。


 そうこう考えていると、いつの間にか校門がすぐ近くまで迫って来ていた。俺の通う観花高校は、マンモス校のせいか、無駄に馬鹿でかい。

 一学年、五百人は越えている。何でこんな多いのか全く分からん。

 畏敬の視線を浴びながら自分の下駄箱へ辿り着くと、そこには俺の一番嫌いな黒髪長髪の女が運悪く靴を仕舞っていた。何とかこの場をやり過ごそうとしたのだが、呆気なくばれ、そいつは俺に気づいてしまった。


「珍しく早いな、優山ゆうやま


 この女、馬渕まぶち まなは俺と同じ一年のくせに生徒会会長を狙おうとしている生意気な高校一年生だ。頭も容姿も良く、俺と違って日の当たる人間。だから、俺はこいつの事を好いてない。こいつに限らず、もう殆どが好いてない。完全に俺の妬み何だがな。しかも、俺とクラスが同じでやたらと俺に話し掛けてくる。


「おーい、またそうやって無視するのか? だから何時まで経っても独りなんだぞ」


 うるせーな、俺に構うなよ。


「独りでいい」


 そっけなくそれだけ言ってこの場から去ろうとしたら、いきなり肩を強い力で掴まれ、無理矢理振り向かせられた。


「ダメだぞ! そんな事言ってたら何時までも独りだぞ!」


 独りでいいと言っているだろうが。もう勘弁してくれ。


「だから独りでいいって言ってんだろ? 俺に構うなよ」


「そう言う訳にはいかない! 私は学級委員長であり生徒会会長なんだ。だから君を放って置く訳にはいかない!」


「……まだ生徒会長にはなってねえだろうが」


「これからなるのだからあながち間違ってはいない!」


「……」


 もういいや、こいつに何を言ったって無駄。だって日本語理解してねえし。無視しよう、無視無視。早く教室に行こう。


 俺は早足でその場から立ち退いた。後ろで何か喚きながら付いてくる馬鹿野郎がいるが、そんなの気にしない。気にしたら負けだ。

 そして教室には物の一分で着いた。この学校はめちゃくちゃでかいのだが、幸いにも俺のクラスは下駄箱から見える階段を上れば教室はすぐそこだ。


 俺は元々開いていた教室のドアを通ると、先に中にいた奴らの視線が一気に俺に集まる。

 また登校中の時と同じく俺を見た奴らがコソコソ話し始める。気にしてたら埒があかない。俺は教室の一番端にある自分の机に鞄を掛け、突っ伏した。


「おい優山! 寝るんじゃない! まだ話が終ってないぞ!」


 何か雑音が聞こえるが、俺はそれを無視して寝る事に専念した。そして集中した甲斐があったのか、雑音に負けず、すぐ寝る事が出来た。



♂♀



「――い! おい! 起きろ!」


「ん……?」


 俺はこの雑音で眼を覚まし見上げると、腕組をしながら仁王立ちし、俺を見下ろしている馬渕がいた。


「優山、もう皆帰ってしまったぞ」


 帰った……? 俺はふと窓の外を見ると、朝とはまた違う眩しい夕日がこの教室内を照らしていた。そして次に時計を見ると、五時を少し過ぎている。随分寝たな俺、全部の授業寝たか、と言う事は当然昼飯も食ってない訳で腹が減ったので掛けてある鞄を取り、帰ろうとすると馬渕がまた俺の肩を掴んできた


「起こしてやったのに、礼も何も言わずに帰るのか?」


「お前が勝手にやった事だろ。礼を言う筋合いもない。てか何でお前いるんだよ、こんな時間まで何してんだ」


「優山があまりにも気持ち良さそうに寝てたから、少し起こすのを待っていただけだ。どうだ、優しいだろう?」


「あっそ」


 すると馬渕はバツの悪そうな顔をし、いきなり黒板に向かったかと思えば、チョークで黒板に何かを書き始めた。


「優山、これを見ろ!」


 バンッ! と黒板を強く叩いた。俺は何となく馬渕が黒板に描いた物を見ると、そこにはうざい、ムカツク、など中傷的な言葉のグラフが書かれていた

「これは私が皆に見たお前の事を聞いたグラフだ! お前はこんな風に思われているのに、本当に何も感じないのか!?」


「特に何も。てか人の評価勝手にグラフで表すとかいい趣味してんなお前」


 嘲笑混じりの俺の言葉を聞いた馬渕はまるで苦虫を潰したかのような表情をし、俺を見て更に言葉を紡ぐ。


「お前は寂しくないのか!? 友達と遊んだり、恋人と仲良く過ごしたり、部活に熱中したり、そんな風な事をしたいと一度も思った事はないのか!? お前の心はそこまで腐ってしまったのか!? ……例え腐っていたとしても、私がもう一度生気溢れる花に戻してみせる! いや、戻す! 私はお前を見てるのが辛いんだ! お前にも楽しさと言うのを知って欲しいんだ!」


 散々自分勝手な事を言う馬渕に俺は少し苛立ちが籠った言葉を発する。


「お前に何が分るんだ? 調子乗ってんじゃねえぞ」


「調子など乗っていない! 心底思っている! 確かに私が全て正しいなんて言わないし思ってもいない。でも、それでも優山は放って置けない! 周りが何と言おうと、お前が心配でお前が大切なんだ! 私が救える物なら救ってやりたい! 優山個人に限らず、私が救える物全部が大切で、救えない物があるならそれを救えるように努力する! 私の夢は何か人の手助けを出来る事だ! これは小さい時から決めている、信念を曲げて生きていこう何て思わない。私は真っ直ぐ自分の気持ちを偽らないで生きて行きたい!」


 ハアハアと息を切らしながら純粋な瞳で俺を見つめてくる馬渕に、俺は何故か眼を向ける事が出来ず、黙って踵を返し、廊下へ出る。


「私は諦めないぞ! どんな事をしてでもお前に心底楽しいと思わせてやる! 人生捨てたもんじゃないと思わせてやる! どんなに嫌がってもどんなに私を嫌いになっても、諦めないからな!」


 最後の最後まで俺を苛つかせる言葉を吐き出してくる。

 俺はそんな言葉を無視し、帰路へ付くため下駄箱へ向かった。さすがに後を追ってくる事はなく、静かな廊下に俺の上履きが擦れる音だけが辺り残った。



♂♀



 学校を出て、今現在いつも通る帰り道を通っている。


 『人生捨てたもんじゃないと、思わせてやる!』


 さっきから俺の脳内に響くあいつの声。頭がガンガンする、今日は家に帰ったらすぐ寝よう。

 家に着いてからの行動を決めると、少し早歩きで家へと向かう。家へと着くと、玄関の鍵を開け、乱雑に靴を脱ぎ捨てる。

 制服を着たまま自室へと向かい、扉を開け中に入る。スクールバックを投げ捨てた後で気づいたのが、視界の端に映る人影。


 俺はその方向に勢い良く眼を向けると、そこには俺のベッドの上で肩ひじ付きながら踏ん反り帰っている白装束の変な女だった。

 その存在に気付いた俺はいち早くこの家からの脱出を考え、自室のドアを開け放とうとしたのだが開かない。ドアの形をした壁なのかって思うほどテコでも動かない。


 俺がそんなことをしていると、女は笑いながら俺に話しかけてきた。


「クフフッ。開くわけがないだろう。結界を張っているんじゃからの。てかそんないきなり逃げようとしなくても良かろう」


 突然何を言い出すのかと思えば全く理解不能な言葉を繰り出してきた。

 俺が振り返り冷たい眼で見ると、そいつの容姿がはっきりと分かった。白装束を着ている事は分かっていたが、髪の毛も白に近い灰色、でも艶があり、白髪とは違う雰囲気がある。長さも後ろ髪が腰にまで届くほど長く、身長は一七〇位だろうか。スタイルは白装束の上からでも分かるほど、出ているところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる。申し分ないスタイルと言ったところか。

 そんな正体不明意味不明女は、未だドヤ顔で言葉を繋げてくる。


「何を儂の身体をマジマジと見つめておる。助兵衛じゃのう」


 笑いながらバカにしてくるこいつを一発ぶん殴ってやりたかったが、それをする前に先に警察を呼ばんといけない。俺は携帯を取り出し、一一〇当番に電話を掛けようとした瞬間、携帯が煙を吹いてショートした。


「うぇっ」


 間抜けな声を出してしまった。煙を上げて微かにバチバチと音がするそのぶっ壊れた携帯をただ呆然と見つめていると、変な女がにやけながら変わらぬ調子で話しかけてくる。


「何警察を呼ぼうとしているのじゃ。神様を警察に通報するとは罰当たりもいいところじゃぞ!」


 やばい、こいつ色々やばい。自分の事神様とかぬかしやがったぞ。早くこの場から逃げんと……。

 が、俺はそいつに何時の間にか腕を掴まれており、その考えを実行する事が出来なかった。こいつ、いつ俺に近づいたんだよ。


 言い知れない恐怖感が俺の脳みそを侵食していくと、自称神様と名乗った女は、優しく子供をあやすような声質で話してきた。


「いや、怖がらせてすまぬのう。そんなつもりじゃなかったんじゃが、決して怪しい者ではない。儂に誓おう」


 充分人の家に入り込んでいる時点で本当は怪しいのだが、こいつの言うことには妙な説得力があり、俺はそのままベッドに腰を掛けた。


「……んで、何の用なんすか。てかあんた誰」


 俺の問いに、自称神様野郎は顎に手を添えて一回唸った後に答えを吐いた。


「さっきも言ったが……儂は誰と言ったら、“神様”としか言いようがない。何の用かと解いたなら、忠告をしにきた」


 その言葉を聞いてやっぱりこいつ頭がおかしいと判断し、部屋の窓から助けを呼ぼうと思い、駆け足で窓の取っ手を横に引いたが、ドア同様にテコでも動かない。


「何おぬしは逃げようとしてるんじゃ。怪しい者ではないと言ったろう」


「俺の常識では人様の家に勝手に上がりこんだ挙句、自分の事神様とか抜かす奴に怪しくないなんて奴はいねえんだよ」


 俺は引いてもダメならぶち破ると言う判断に至り、護身用にベッドの下に隠してあった金属バットで窓を思い切りぶっ叩く。

 本来なら確実に割れる窓なのだが、今回だけは違ったようだ、金属バットに勝る強度を持った窓は、已然として割れる様子がない。


 何なんだよ、俺がそう呟くと自称神様が溜息混じりの言葉を吐きだした。


「分かった分かった。おぬしがそこまで信じられないというのなら、証拠を見せよう」


 “神様”はおもむろにそう呟くと、引いてもぶっ叩いてもビクともしなかった窓を軽々開けやがった。どうなってんだこりゃ。

 そいつは俺の頭を鷲掴みして、無理やり窓の外へと顔を追いやられる。


「痛えから離せよ!」


「いいから黙ってあっちを見るんじゃ」


 指を差された方向に黙って視線を向けるが、ただ住宅街が広がるだけで何も変わった事はない。


「ああ、人間の視力では見れんの。ほれ、これを使え」


 そして“神様”といってる奴はどこから取り出したか分からない望遠鏡を俺に渡してきた。

 俺は黙ってその望遠鏡を手に取り、差された方向へと覗かせる。すると、普通の望遠鏡を遥かに凌駕する程の距離を覗けているんだが、何故こんな物があの世にあるのかが理解出来ん。

 それで、恐らく遥か遠くにあるだろうビルを見ているのだが、特に何の変哲もない普通のビルだ。

 すると、自称“神様”の野郎がとんでもない事を言い始めた。


「今からおぬしが見ているビルが爆破テロによって崩れるからの、よく見ておくのじゃぞ」


「はっ? お前なにバカな――」


「いいから黙って見ておれい」


 双眼鏡から視線を外した瞬間にまた頭を掴まれ、視線をビルの方へと強制される。


「後十秒後に崩れるからの」


 それだけ呟くと、ぼそり、ぼそりと一〇から0までの数字をカウントさせていく。

 五……四……三……。

 俺の頭にも自然と数字がカウントされていく。

 二……一……――0



 次の瞬間、ビルの一階から最上階へ掛けて赤い炎が飛び散り、粉塵を撒き散らして崩れていった。辺りは灰色の砂埃で埋め尽くされ、ここからでは聞こえないが、あそこは阿鼻叫喚の叫びがいくつもこだましていると予想出来た。

 全く信じていなかった自称“神様”の宣言通りになってしまった状況を見て、再び自称“神様”の方へと視線を向ける。

 その表情は一瞬暗かったがすぐに元へ戻り、俺の部屋を見渡して言葉を吐き出す。


「この部屋にテレビはないのかの?」


「悪いが、んなもんねえよ」


「リビングくらいにはあるだろう? すぐ下に降りるぞ!」


 と言って勝手に話を進めた自称“神様”俺の腕を引っ張り、またしても開かなかったドアをいとも簡単に開け放ち、凄い勢いで階段を下りていく。

 強制的にリビングまで連れてこられた俺は、早くテレビをつけろ! とこいつに急かされ、ぶつくさいいながらもテレビのチャンネルを手に取った。


 テレビに映っているものは、どこぞの芸人が必死にネタをやりお客を笑わせようとしている姿だった。少しの間見ていると、残念ながらいきなり画面が切り替わり、その芸人のネタは最後までお披露目されることはなかった。


 代わりに出てきたのが、いつも朝のニュースとかで出て来ているニュースキャスターの女が、慌てた様子で渡された資料を必死に読み上げている姿だった。


「「只今入った速報です。高級ホテル〇〇が何者かによって爆破されたようです! 何の前触れも無く突如起きた事件なので、被害も甚大かと思われます。今現在消防隊が――」」


 隣にいる自称"神様"はニュースキャスターの言葉を喋り方、リズム、声、一言一句全てを真似し、しかも同じ速度で話しをし、そのニュースキャスターと完璧にハモっていた。


 俺はテレビと"神様"に視線を行ったり来たりしていると、"神様"は世間で言うドヤ顔をしながら俺に話し掛けてくる。


「どうじゃ。ただの人間にはこの様な事は出来ぬじゃろう?」


 ま、まあ確かにこんな事を出来る人間は未来が分かるとかそう言う現実味の無い物が無いと出来ないだろうけど、こいつを認めるって事だけは何故か納得いかないので、そのまま黙っていると"神様"はテレビの電源ボタンを押す。


「取り合えず、少しは儂の凄さが分かった所で、話をしようではないか」


 そう制されると、お茶を淹れろと無理矢理指示された。



♂♀



 俺は今、テーブルを挟んで"神様"と対面している形になっている。

 ソファーにふんぞり返っている"神様"は無理矢理淹れられた出来立て熱々のお茶を口に含むと、予想外に熱かったのか、変なうめき声を出しながら舌を出していた。

 こんな間抜けな姿を見てしまうと、未だに"神様"とは思えない。まあ実際の所、まだ半信半疑なのだが。


「さて、どこから話そうかのう」


 舌を引っ込めると、腕を組み考える素振りしている。


「そうじゃな。儂が何故おぬしの所に来たのかと言うとじゃな……」


 真剣な表情を見せてくる"神様"。


「おぬし、優山京介という人間はあの世でいらない人間の推薦枠に入ってしまったんじゃ」


「……」


 あの世? いらない人間枠の推薦枠? 少し理解し難い単語に俺は頭の上に?を浮かべる。

 "神様"はそれを察したのか、少し詳しく説明を始めた。


「儂は何度でも言うが、"神"じゃ。古今東西、"神様"は存在し、おぬし達が言うところの死んだ人間の魂が逝く所、あの世からこの世を観察、管理している。"神"にも様々な者がいるのじゃが、半分の"神"の統括をしているのが儂じゃ。残りは他の者が統括しておる」


 真剣な表情をしながら"神様"は言葉を紡いでいく。その言葉には、何か不思議な重みがあり"神様"の雰囲気に呑まれそうになる。


「それでの、あの世にも重役会議と言うものが存在し、年に一度、生きていても仕方が無い人間を魂に戻して人間以外の生き物に転生させる。と言う仕来りがあの世ではあるのじゃ」


「……いや、待て。信じらんねえが、仮にそう言う物があるとしよう。それでも俺はそこまでされるほど生きていても仕方がない人間に分類されるのか? 俺よりもっとひどい奴はこの世に五万といるだろ」


「それは……まあそうなのじゃが……おぬしにはちっと特別な理由があってのう。だが、それを差し引いてもおぬしは今までの生き方、考え方はよろしくないじゃろう」


 詰問すると、"神様"は逃げるように話をごまかしたのが目に見えて分かった。それ以上問い詰められることを避けるためか、せかせかと"神様"は説明を続け始める。


「それでじゃ、何故儂がここに来たのかと言うと――」


 いきなり立ち上がり、足をテーブルの上にダンッ! と力強く乗せると、憎たらしい笑顔で俺に指を指して来た。


「儂がおぬしを救いに――」


「テーブルの上に足を乗せるとか行儀悪っ」


「……最後まで格好付けさせてくれたっていいじゃろうがあ」


 おずおずとテーブルから足をどけると、ソファに座りなおしてもう一度俺が遮った言葉をもう一度発した。


「それで儂がおぬしを救いに――」


「分かった分かった。帰れ」


「二回目!? しかもここまで説明させておいて帰れとはどういった了見じゃあ!」


 "神様"は声を荒げながら今度はテーブルの上に立って俺に顔を近づけてきた。てか本当に行儀悪いですからねそれ。


「俺は生憎、そう簡単に人を信じられる性格じゃないんでね。今の話を聞く限りあんたは充分頭がおかしい事が理解出来た。だから今すぐ家を出て行かなかったら警察に突き出す。出てけ」


 辛辣な言葉を吐き捨てて"神様"を見ると、眼に涙を溜めながら階段の方へ向かって走り出した。


「ちょ、お前どこ行くんだよ!」


 "神様"は俺の言葉を無視して、勢い良く階段を上っていく。俺はその後を急いで追いかけていくと、俺の部屋の窓を開け、袴をいきなり脱ぎ捨て、艶のある身体が露になった"神様"が突然大きな声を出した。


「助けてー!! 犯される、犯されるよぉ!」


「お、おい! お前何適当なこと吹いてんだよ! いいから黙れ! てか服を着ろ!!」


「嫌じゃー! おぬしが信じてくれるまで儂は黙らんぞおー!」


 口を塞ごうと後ろから手を伸ばすが、こいつは子供みたいに駄々をこねて俺の手を弾き返してくる。

 ま、まずい。このままこいつが言っている事が誰かの耳に入ったりでもしたら通報されて面倒くさい事になる。

 試行錯誤してる最中でさえも、"神様"は「処女がー!」とか「お嫁にいけないー!」とか騒ぎまくる。これは……致し方ない……。てかこんなのが神様って日本やばいだろ!


「分かった、分かった! 信じるし出てけ何てもう言わねえから黙れ!」


「よし、黙ろう」


 俺がこの言葉を発した瞬間、今まで泣き喚いていたのが嘘のように平然とした顔で窓を閉めやがった。しかもどこからともなく取り出したボイスレコーダーには俺の声がきっちり録音されていた。


「男に二言はない。じゃろ?」


 ボイスレコーダー片手に殺したくなる笑顔で俺を指差してきた。そしてこいつは何の躊躇いも無くこちらを振り返って来たので思わず俺はすぐさま後ろを向いた。艶のある身体。引き締まった身体。整ったボディライン。出る所は出ている。下着も何も無いので少し見えてしまった。

 俺がそんな反応を示すと、"神様"はクフフッと笑い、そのまま俺に抱き付いて来た。


「どぉーしたおぬし。何故頬を赤く染めているのじゃ?」


「……黙れ。いいから早く服を着ろ」


 身体を見ないようにしながら必死の虚勢を捻り出すと、"神様"は更にきつく抱きしめてきた。


「なら、信じてくれるか?」


 妖艶な笑みを浮かべてくる"神様"


「……分かったよ」

 俺はもうこいつと真剣に取り合うのが疲れて来たので、全て流れに身を任せる事にした。


♂♀


 場所はリビングに戻って、さっきの位置でまた話しを進めている。

 こいつ、"神様"は意地でも俺が納得するまで動かないつもりらしいので、俺はさっきから生返事だけを返している状態だった。


「要するに、おぬしがその推薦枠から抜け出すには人の為になる事をする。そう、人助けを――」


「へーい」


「まだ話している最中で聞いてもいない返事をするな! さっきから何回言えばいいのじゃ! この阿呆!」


 っと、さっきからこれを繰り返している。俺はもう疲れたんだ。誰か助けてくれ。


「だから人助けじゃ! 人だけとも限らず、他の為になる良い行いをして上の連中におぬしをいらない人間ではないと思わせるのじゃ! 儂も協力する! 分かったか!?」


「へいへい……」


 諦めたように溜め息をついて最後の返事をする。その瞬間、インターホン独特の音が家の中に響いた。


「はーい!」


 返事をすると、"神様"はいとも当然のように玄関へ駆け出そうとしたので、俺はその腕を思い切り掴んだ。


「何で止めるのじゃ!」


「お前が出るとややこしくなるだろうが。俺の部屋で騒がないで待ってろ」


 俺は"神様"を静止させると、リビングを出て玄関へ向かった。

 リビングと玄関はさほど距離はないのだが、その短い時間でチャイム音が連続でなっている。インターホンを連続で押しているんだろう。

 あー、うっとおし。文句言ってやろう。


 そんな事を考えながら玄関へ着く頃には、チャイム音のピンポーンが段々とピピピピピピピピピと言う連続音になっていた。


「はいはいはいはい。今開けるから待ってろよ」


 愚痴をこぼしながら玄関の鍵を解除して、ドアを開いた。


「どなたさまですか」


「おっ、やっと――」


 バタンッと、速攻でドアを閉めた。そして急いで鍵を掛ける。それは何故かと言うと、ドアの先にはいないはずの……いや、何でいるのかも分からない制服姿の馬渕が平然と立っていたからだ。


「おい。何で閉めるんだよ。開けてくれ」


 何であいつがいるの? 何で?


「おい、聞こえないのかー」


 うん、何も聞こえないよ俺は何も聞こえない。


「……そうか、なら仕方ない」


 俺が黙秘を貫いていると、俺からあっちの様子は分からないが、足音でドアから離れていくのが分かった。諦めたのか? 諦めてくれたら良いんだが……。

 が、そんな考えは甘かった。


「よーし、お邪魔するぞ」


 いきなりリビングから聞こえてきた馬渕の声に、俺は自分の耳を疑いながら俺はリビングのドアを勢い良く開けた。ドアを開けた先には、窓から部屋へと侵入した馬渕愛が窓際に立っていた。しかも土足で。どうやら俺は窓の鍵を掛け忘れていたようだ。自分が嫌になる。


 それよりも気になるのは、土足で馬渕がいることだ。土足で入るとか人間性を疑いますね。よくこんなんで生徒会長になろうだなんて思ったな。

 俺がジーッと馬渕が履いている今まで外を歩いていた雑菌まみれの黒い革靴を見ていると、何を勘違いしたのか馬渕は意味分からない事を言い始めた。


「何だ? 足ばっかりみて・・・・・・あっ、さては優山! お前足フェチなのか!」


「ちげえよアホ。俺が見てるのは今までお前の足を守ってくれた雑菌まみれの黒い奴を見てんだよ」


 俺は手振りで下を見ろとジェスチャーすると、あっ、とした顔をしていそいそと靴を脱いで部屋の外に置いた。


「いやー悪い悪い。夢中だったもんでなあ」


「人の家に不法侵入することに夢中だったのか。よし、警察行くぞ」


 笑いながら頭を掻いている馬渕の腕を掴んで玄関まで引き摺っていこうとしたら、馬渕はぐっと踏ん張って抵抗してきた。ついでに掴んでいる俺の手をバシバシ叩いてくるが、ダメージはゼロですはい。


「すまんすまん! 本当に申し訳ない! 許してください!」


 必死に謝りながら必死に抵抗してくる馬渕。それを見て俺は少し馬渕の腕を握る力を緩めた。

 その瞬間、馬渕の表情はパァッと明るくなったがすぐさま力を入れ、思い切り引っ張った。


「許す――とでも言うと思ったか? そんな簡単な言葉で済まされるほど俺も日本の法律も甘くないんだよ」


 この言葉を聞いた馬渕は一層表情が暗くなり、抵抗する力も弱まって俯いてしまった。


「……ごめんなさい、ごめんなさい」


 今にも泣き出してしまいそうなか細い声で謝ってくる馬渕。普通の奴ならここで許してしまうんだろうが、悪いが俺には出来ない。理由は二つ。一つは常識がなってない。二つ目は嫌いだからだ。


「だから許さないって痛っでえええええええええええええええ!!」


 謝罪の言葉を真っ向から否定しようとしたら、何かが俺のこめかみに激突した。下には絨毯を敷いているので落ちた音はしなかったが、俺の目線の先には銀色の灰皿が落ちていた。


 こんなことするのは誰がやったか大体考えなくても想像はつく。"あいつ"の仕業だ。何故そんな自信満々に断言出来るのかと言うと、拾い上げた灰皿の裏にマジックペンで書かれたような文字にはこう書かれてあったからだ。


『女の子を苛めるでない! 男として最低最悪じゃぞ! おぬしより微生物のほうが遥かに異性に優しいじゃろうな。優山の優は優しいの優! 優勝の優でもあるがな。全くお前は――』


 灰皿の裏にびっしりと綺麗な文字で誤字脱字など無く書かれていたのだが、詰め込みすぎて一つ一つの文字が小さく、途中で読むのを諦めてしまった。これ以上馬渕に言うと"神様"が第二波を放ってきそうなので、俺は掴んでいる腕を振り払うように離した。


「ゆ、優山? 許してくれるのか……?」


「そうだよ。そう言う事にしとけ」


 キョトン顔の馬渕にそう言うと、朗らかな表情へと変わり、俺の頭を下げてきた。


「そ、そうか。ありがとな、これからは気をつけるよ!」


「分かったから早く帰ってくれ」


 俺が玄関の方へ指を指すと、俺の指を掴んで無理矢理ソファの方へと向けられた。


「何だ何だ。ソファに座れと? 何だかすまんなあ」


 自分でそう仕向けたくせに、白々しく悪びれた様子もなくソファの上へと座りやがった。こいつ、反省してないな。

 でもここでまた俺が何か言うと、"神様"が五月蝿そうだから俺も向かいのソファに座って馬渕と対面する形になった。


「ん? 何で湯飲みが二つも置いてあるんだ? 誰かいたのか?」


 馬渕は"神様"が使っていた湯飲みの方をまじまじと見つめている。

 あ、やべっ。片付けんの忘れてた。


「ああ、それは俺が間違えて二つ湯のみを出しただけだ」


「そうか。ならそれついでに淹れてくれると嬉しいなあ」


「淹れる訳ねえ――」


 その先の言葉を言う前に、心なしか片方の湯飲みが微かに動いたように見えたので、ここは黙ってお茶を淹れました。


「……ほらよ」


「おお、わざわざすまんなあ」


 すまんなあってお前がそうするように仕向けたんだろうが。とは言えずに黙ってテーブルに湯気が立っているお茶を置いた。


「優山が淹れたお茶かあ」


 物珍しそうに、馬渕が小さく呟く。


「そんあ珍しいもんでもないだろうが。そんな事より何故お前はここに来た。理由を言え」


「ふふふ。そんなこと決まっている! お前の根性を叩き直しに来たのだ!」


 握り拳でテーブルをドンッと叩くと、湯飲みの中のお茶が波打っているのが見えた。

 はぁ、こいつはどれだけ俺に付き纏えば気が済むんだ?


「お前さぁ、迷惑だと思わないの?」


「例え迷惑だろうと、そいつの為になるなら私は喜んで迷惑を掛けよう!」


 駄目だ、もうこいつは駄目だな。言ってることがもう駄目だ。


「だから優山、まずは友達を作れ! 気を許せる相手を作れ! そうすれば学校も楽しくなる。お前を見ていると放っておけないんだ!」


 ハアハアと息を乱して熱弁をする馬渕。こいつ、端から見たら変態だぞ。


「分かった、分かった分かった。お前の言い分は良ぉく分かった。分かったから帰れ」


「嫌だっ! お前が納得するまで私はこの家を出て行かないぞ!」


 ソファにしがみ付いて、出て行かないと言う意思を身体全体を使って表している。そろそろ、我慢の限界だ。


「てめえよ、いい加減に――」


 またしても、俺の怒号は止められてしまった。俺の眼に映っているのは、馬渕が座っているソファのすぐ後ろにある窓を通して見える庭で"神様"が俺をからかうようにスキップで行ったり来たりを繰り返していた。

 その光景に言葉を失い、一瞬真っ白になった脳味噌をすぐに稼動させる。

 何やってんだよあいつ! 部屋でおとなしくしてろっつったじゃねえか!

 俺の様子が少しおかしいのに馬渕は気付いたのか、俺の顔をジッと見ている。


「? どうした優山?」


「いや、何でもない」


 落ち着け、落ち着け俺。悟られないようにするんだ。何も無い、俺は何も見てない。

 心頭滅却しようとしている俺に、あの糞"神様"はニヤニヤしながら窓に手を掛けた。


「馬渕、伏せろ!」


「え、えぇ!?」


 俺は馬渕の頭を掴んで無理矢理下へと向かせると、少し冷めてしまったお茶が入っている湯飲みを思い切り窓に手を掛けた"神様"に思い切りぶん投げた。ぶん投げた湯飲みはお茶を撒き散らしながら一直線に飛んでいく。そしたら、窓に直撃する直前に空中で停止して、ゆっくりと降下していき、音も無く床に置かれた。


 撒き散らされたお茶も空中で停止して、まるでビデオの逆再生でも見ているかのように湯飲みの中に収まっていく。

 依然としてまだニヤついている"神様"は口パクで、儂を侮るな。と俺に伝えてきた。


 くそ、やっぱりアホッタレの馬鹿野郎でも"神様"か……。


「馬渕、ちょっと上に行ってくるから少しここで待ってろ」


「お、おう」


 掴んでいる頭を離して、馬渕に気付かれないように、さり気無く俺は"神様"に二階に来いと小さく指で上を指すとほくそ笑みながら頷き、ゆっくりと上を上昇していった。

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